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コンサートマスターが語るオーケストラの妙味

ISSUED | 2016.07

東京都交響楽団の矢部達哉さんが誘うオーケストラという非日常の世界。コンサートに立ち会うすべての人々の集中力が最高潮に達した時、 ホール全体は奇跡のような幸福感に包まれる。
写真/椿 孝 取材・文/香取ゆき 撮影/東京文化会館

心を豊かに満たすオーケストラという非日常

美しい音色の背景には演奏者の数だけ人生がある

開演を知らせるベルが鳴る。満場の拍手に迎えられて現れた指揮者がタクトをふりあげると空気は一変。咳払いすることもはばかられる心地よい緊張感が広がる。いよいよコンサートの始まりだ。広いステージに居並ぶ一流の音楽家たちが美しいメロディを奏で始めると、ホール全体は得も言われぬ幸福感で満たされる。

そんなオーケストラの感動にノックアウトされてしまった一人が東京都交響楽団でソロ・コンサートマスターを務める矢部達哉さんだ。中学2年生のとき、カラヤンとベルリン・フィルのコンサートで聴いたベートーヴェンの交響曲第5番『運命』が、オーケストラに入る運命を決定づけた。

「ベルリン・フィルが奏でた最初の一音にのけぞってしまいました。それまでレコードを聞いて子供なりに心を震わせていましたけど、マイクを通さないオーケストラの豊かな音の響きはどんなに高価なオーディオ機器でもかないません。ホールの隅々にまで音が満たされていく感動は、生で聴くオーケストラでしか経験できないものでした」

様々な楽器が奏でる迫力ある演奏も良いが、〝静けさ〞もまたオーケストラの醍醐味だと矢部さんは言う。

「静かなところへ行って心を満たす体験がしたいと思ったとき、オーケストラのコンサートほど最適なものはありません。生活の中で本当に静かな時間って少ないじゃないですか。誰かがテレビを見ていたり、誰かが食器をかたづけていたり、常に生活音がしています。オーケストラは大きな音だけでなく、霧が立ち込めた湖のようにシーンと静まり返った無音の静けさも奏でます。それは日常では経験したことがないような、グッと心がつかまれるような瞬間です」

そして忘れてはならないのは、聴衆もオーケストラという芸術を構成する重要な要素であること。

「良いコンサートは、もれなく聴衆の皆さんも素晴らしいです。お客様が喜んでいるか、退屈しているかは、演奏している僕たちにはよくわかります。お客様が集中力を持って聴いてくださっていると、相乗効果でこちらの集中もますます高まっていきます。僕たちにとっては数あるコンサートの1つでもお客様にとっては一生に一度のコンサートかもしれません、一期一会の気持ちで、いつもベストをつくすように努力しています。ぜひお客様からも僕たちにパワーを与えてください」

撮影/東京文化会館
どんな質問に対しても真摯に答えてくれた矢部さん。この人柄に皆、惹きつけられるのだ。

あらゆるものを内包して成長を続けるオーケストラ

22歳でソロ・コンサートマスターに抜擢されて今年で26年。四半世紀を経て都響の音はますます緊密度を増し、よりダイナミックになっている。

「部品を交換しながら航海を続ける頑丈な船のように、オーケストラは時間の経過とともに演奏者が入れ替わります。若返れば素晴らしい音になるかというとそんなことはなくて、やっぱり何十年もそこで築いてきた音楽性がなければ奏でられない音もある。さまざまな世代や音楽性、人間性がミックスされてオーケストラは成長していくものなんです。僕にとってオーケストラは家族のような存在でもあるので、より良くしていこうという気持ちはいつまでも消えません。手前味噌になりますが、全員のギアがぴったりあった瞬間の表現力や、みんなが100%を出し切って聴衆に届けようという姿勢は他のどのオーケストラにも負けません」

しかし100名近い演奏者一人ひとりのコンディションやモチベーションを常に高く保つことは難しいとも言う。

「オーケストラの中にはお母さんが病気で心配という人もいれば、子供がグレて困っている人もいるかもしれない。全員が全員万全ではない状況でベストな演奏するにはどうしたらいいかをいつも考えています。僕自身が最初にくじけてしまうときもあるんですよ。そうすると周りの団員が『大丈夫 だよ』ってサポートしてくれるんです。オーケストラはチームワーク。コンサートマスターは支えてもらう仕事なんだって最近気が付きました」

美しい音色の背景には演奏者の数だけ人生がある。それぞれの喜怒哀楽を包み込んでさらに高みを目指そうと一致団結して奏でる音楽だからこそオーケストラは人の心を打つのだろう。

1. 7歳の発表会にて。この後ベルリン・フィルとの衝撃的な出会いを経て、コンサートマスターへの道を歩むことになる。
2. 若き日の矢部さん。朝比奈隆氏、小澤征爾氏、若杉弘氏、フルネ氏、インバル氏、ベルティーニ氏ほか、これまでに多数の著名指揮者との共演を果たしている。
3. コンサートマスターはオーケストラのまとめ役。一般には第1ヴァイオリンの首席奏者が務め、指揮者の指示をオーケストラに伝える橋渡しのような存在だ。
どんな質問に対しても真摯に答えてくれた矢部さん。この人柄に皆、惹きつけられるのだ。

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