トップバトン

トップバトン VOL.6

松竹株式会社 代表取締役社長 迫本淳一 氏

ISSUED | 2019.09

日本の伝統を大切にして、人々の心に寄り添う作品を世界に届けたい

リレー形式で経営者をつなぐ「TOP BATON」。住友林業の代表取締役社長 市川晃氏からバトンを受け取ったのは、松竹の代表取締役社長 迫本淳一氏。経営者でありながら弁護士という肩書を持ち、業績不振だった松竹を見事立て直した迫本氏のユニークな人生と人柄に迫った。

PROFILE

迫本淳一

1953年東京都生まれ。76年慶應義塾大学経済学部、78年同大学法学部卒業。78年松竹映画劇場株式会社入社。90年司法試験合格。93年三井安田法律事務所入所。97年カリフォルニア大学とハーバード大学のロースクールに留学。98年に松竹の顧問に就任し副社長を経て、04年に社長就任。学生時代にオリンピックを目指したという水泳は、現在もマスターズ大会で優勝するほどだ。

 

弁護士資格取得を目指した苦労の10年間

 松竹の社長、迫本淳一氏の経歴はとてもユニークだ。上場企業の社長としては珍しい弁護士資格を持つ迫本氏だが、その資格取得までの道のりは、決して平坦ではなかったそうだ。

「学生時代から国際舞台で活躍したいという思いがあって、弁護士資格はビジネスの世界に飛び込むためのファーストステップのつもりでした。大学も経済学部を卒業した後に法学部に学士入学して資格取得を目指しました。卒業後不動産関連会社に入社して、本格的に試験勉強を再開したのは、27歳になってから。で、受かったのが37歳のとき。実に10年を費やしましたので、結果的にずいぶん長いステップになってしまいました(笑)。当時は仕事を続けながらの勉強でしたし、結婚をして、長男が脳性麻痺で生まれたり、苦労の多い時期でしたね。それでも、この苦労の延長線上にやりたいことがあると信じていましたし、合格するイメージしか持っていませんでした。支えてくれた妻には本当に感謝しています」

 そんな苦労の末に手に入れた法律家としての知識を、松竹の経営にどのように役立てているのかと尋ねると、「この案件は専門の弁護士に相談した方がよいだろう、といった判断には役立っていると思いますが、経営に直接役立っているかというと、そんなことはないと思います。ただ、10年の間に経験した苦しみや悔しさは、確実に今に生きています」。

百年先を見据えて行った改革

 大正から昭和にかけて松竹映画の黄金期を支えた同社の元会長で映画プロデューサーでもある城戸四郎氏は祖父にあたる。そうした縁もあって、弁護士として活躍の場を広げていた迫本氏は、平成不況真っ只中の1998年に松竹の顧問に就任する。

「当時、業績が悪いことは知っていたのですが、想像以上でしたね。最初の一年は自分がどう動くべきか見極めるために、じっとしているつもりだったのですが、このままだと会社が倒れてしまうと思ってすぐに行動しました。まず行ったのは社内への情報開示。当時は役員も会社の実情を把握していなかったと思います。現場からの反発もありましたし、コミュニケーションを取るのも大変でしたが、客観的な財務状況を知ってもらうことで、内側からも会社を立て直そうという機運を高めていきました」

 以降、迫本氏は採算の取れない鎌倉シネマワールドの閉鎖や松竹大船撮影所の売却を断行。2013年には歌舞伎座を建て替え、高層オフィスビルを併設する形で生まれ変わらせた。一見、冷徹な改革者のようにも思えるが、その意図するところは、松竹の百年先を見据えてのことだった。

「映画や演劇は非常にリスクのボラティリティが高いのです。思ったような結果が出ないことも多々ありますし、事故が起きればマーケットに出すこともできません。しかし大きな痛手を被ったとしても、我々は作り続けないといけない。そうすることで人材が育ち、より強いチームになっていくからです。ですから、いろいろご批判もありましたが、不動産収入のような安定収益を得ながら、モノづくりが行える環境を整えていったのです」

松竹の強みを生かしたこれからの挑戦

 「松竹のミッションは日本の伝統を継承しつつ、世界の文化に貢献することです。日本の文化は良い意味で異質性があり、世界に貢献できるものだと思っています。今はインターネットで生産者と消費者が直結し、間に介在する者が排除される時代ですから、これからは生産者としての力をより高めていかないといけない。我々でいえば制作力を高めて、松竹にしか作れないコンテンツを持つこと。そうすることでIT業界などとの協力も生まれ、海外へ発信するといった機会も生まれてくると思います。

 亡くなった十八世中村勘三郎さんが好んでよく使っていた能の言葉に、『型があっての型破り、型が無ければそれは形無し』というものがあります。古典をしっかり継承した上で新しいことに挑戦する。それによってまた古典にもよい影響が出る。松竹にはそんな良い循環の土壌があります。本業の制作力をさらに高めて、いかに新しいことに挑戦していくか。そのためには型を破れる人をどれだけ育てられるかがカギになると思います」

弱者に寄り添う松竹のヒューマニズム

 学生時代、ラグビーや水泳、ハンドボールで鍛えたという身体は非常に逞しい。一方、笑顔は大きな体にはアンバランスなほど柔和でチャーミング。「気は優しくて力持ち」なんていう言葉がぴったりくるような佇まいだ。迫本氏から溢れるこの大きな包容力のようなものは、祖父 城戸四郎氏から受け継いだものなのかもしれない。

「祖父はヒューマニズムという言葉が好きでした。『映画や演劇は哲学から入らなきゃいけない。弱い人に寄り添うのが基本だ』って言ってね。寅さんにしても釣りバカ日誌の浜ちゃんにしても、けっして英雄ではないでしょう? 弱い人っていうのは単に社会的地位を指しているのではありません。地位の高い人でも、辛い時はありますからね。『良いところも悪いところも含めてしっかり人間を描くこと』、『人の醜い部分を描いたとしても、トータルでは人を善意で見ること』。そして、『辛い思いをしている人々の応援歌になるようなものであること』。この3つを念頭にモノづくりをしようと社員には言っています。ただ、現場はあまり意識していないかもしれません(笑)。でもそれでいいんです。トップダウンで成功するものでもありませんから。『十年樹木、百年樹人』。財政の立て直しは力業でできても、人材の育成はそうはいきません。忍耐強く見守りながら、待つことが大事だと思っています」

 弁護士資格を持ち、その苦節の経験を糧にしながら現職で15年。日本のエンタテインメント、感動産業をけん引する迫本氏のもとには、百年を待たずに、すでに一目置く人材が育ち始めているそうだ。さて、迫本氏は、この先どんな作品で私達に感動を与えてくれるのだろうか。大いに楽しみにしていきたい。

OUR WORD

十年樹木、百年樹人
――迫本淳一

樹木を育てるには十年、人材を育てるには百年。人材の育成は長い目で見よという中国の諺です。人づくりは忍耐が必要。ついつい口を出したくなりますが我慢我慢。社員にチャンスを与え、失敗してもまたリベンジできる懐の深い組織でありたい。そこから良い人材が生まれてくると信じています。

 

松竹株式会社

創業から120年以上にわたり、演劇、映像を中心に、日本文化を世界に発信し続ける総合エンタテインメント企業。「日本文化の伝統を継承・発展させ、世界文化に貢献する」「時代に合わせてあらゆる世代に豊かで多様なコンテンツを届ける」をミッションに、創業以来興行している歌舞伎や、草創期から関わる映画事業で、数々の話題を提供してきた。今後も期待の新作が数多く控えているそうだ。



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