日本で本格的なワイン造りが始まったのはおよそ140年前。
その歴史を語るうえで欠かせないのが、明治10年(1877)に、日本人として初めて本場のワイン醸造技術を学ぶためフランスに渡った土屋龍憲(当時19歳)、高野正誠(当時25歳)という二人の若者の存在だ。その後も、ワイン用のぶどう栽培とワイン造りに情熱を傾けた多くの人々の存在によって、日本のワイン造りの基礎が築かれ、海外でも高く評価されるまでに成長した。 そして今、日本ワインがブームを迎える中で、存在感を発揮する若手醸造家たちがいる。
日本ワインの基礎知識
日本ワインの4大産地といわれる山梨県、長野県、北海道、山形県。
各道県のワイナリーから、注目の若手醸造家4人(組)を紹介しよう。
その前に、近年、著しい発展を遂げている日本ワインに関する基礎知識から。
日本ワインの生産量上位6道県の構成比
(国税庁「国内製造ワインの概況」平成30年度調査分より)
注目! 日本ワインの4大産地
日本ワインとは、日本で栽培されたぶどうだけを原料とし、日本国内で製造されたワインのこと(コラム参照)。日本ワインを製造・出荷しているワイナリー数は2015年頃から急増し、全国に400近くあるとみられる(国税庁「国内製造ワインの概況」平成30年度調査分では331場)。最も多いのは、日本ワインの発祥地山梨県で、次いで長野県、北海道、山形県の順。出荷量も同じく山梨県、長野県、北海道、山形県の順で、日本ワインの4大産地といわれる。
山梨ワインの特徴
日本固有種の甲州ぶどう、マスカット・ベリーAの生産量は日本一。このほか、シャルドネやピノ・ノワールなどヨーロッパ系のぶどう品種の栽培も盛んになっている。1877年に創業した日本最古の民間ワイナリー「大日本山梨葡萄酒会社」を前身とするシャトー・メルシャンをはじめ、歴史あるワイナリーが数多く存在する。
長野ワインの特徴
醸造量が多い品種はコンコード、ナイアガラだが、近年、栽培量を増やしているのがヨーロッパ系のメルロや、シャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンなど。2013年に、長野県が「信州ワインバレー構想」を発表しワイン産業を推進しており、小規模ワイナリーの設立が相次いでいる。
北海道ワインの特徴
ケルナー、ツヴァイゲルトなどのドイツ、オーストリア系の品種を中心に、シャルドネやソーヴィニヨン・ブラン、ピノ・ノワールの栽培量も増えている。2017年にブルゴーニュの老舗ワイナリーが函館市にぶどう畑を購入するなど、ワイン用ぶどうの産地として世界からも注目されている。
山形ワインの特徴
栽培量が多いのはデラウェアとマスカット・ベリーA。メルロやシャルドネ、カベルネ・ソーヴィニヨンの生産量も増加している。ワイナリー自体の数は多くはないものの、2016年に上山市が「ワイン特区」に認定され、今後増えていくことが予想される。
日本ワインの全般的な特徴として、フルーティな香りと優しい口あたり、日本の伝統料理に通じる繊細さを持つといわれる。しかし、南北に長い日本列島は地域ごとに気候特性が大きく異なり、産地ごとに個性のあるワインが楽しめるので、各地のワインを飲み比べ、お気に入りを見つけよう。
進化する日本ワインのこれから
かつて「輸入ワインに比べ風味が劣る」「味気ない」などと評されてきた日本ワインだが、1980年代頃から大手ワイナリーを中心に、日本では栽培が難しいとされてきたヨーロッパ系品種のぶどう栽培に本格的に取り組むようになっている。2000年を過ぎた頃からは、中小のワイナリーも自らぶどう栽培を手掛け、生産農家と協力しながらぶどうの品質向上を図るとともに、醸造技術の研鑽に努めてきた。
2003年から始まった国産ワインコンクール(現 日本ワインコンクール)をきっかけに少しずつ見直されるようになり、2014年にロンドンで行われた「Decanter World Wine Awards」で、山梨県勝沼町のグレイスワイン(中央葡萄酒(株))が造る「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が日本ワイン初の金賞および地域最高賞を受賞し、海外からも一気に注目されるようになった。
ここ数年の動きとしては、各地にワイン特区が認定され、小さな事業者でもワイン製造に参入しやすくなり、新規就農でぶどう栽培を始め、将来的にワイナリー設立を目指す若者も増えている。しかし、若き醸造家たちは口をそろえて言う。「ワイン造りは情熱だけでは続かない」と。飲んでくれる人がいるからこそ、情熱を持ち続けることができるのだ。まずは、1杯。日本ワインの明日を担う、彼らの情熱に乾杯しよう。
国産ワインと日本ワインの違いって?
かつて「国産ワイン」と呼ばれていたものには、国産ぶどうのみを原料としたワインのほか、海外から濃縮果汁や原料ワインなどを輸入し国内で製造したワインが混在していた。そのままでは消費者の混乱を招くことから、海外のワイン生産国に倣い、2015年に国税庁がワインの表示に関するルールを策定。日本国内で製造されたワインのうち、国産ぶどうのみを原料とした「日本ワイン」と、原料が国産ぶどうとは限らない「国内製造ワイン(国産ワイン)」とを明確に区分した。同時に、日本ワインは一定の基準を満たすことで、産地・品種・年号等の表示ができるようになった。
日々の食卓、人々の輪の「真ん中」に僕たちのワインを
2018年に、長野県北アルプス・安曇野ワイン特区の第一号ワイナリーとして創業したLe Milieu。フランス語で「真ん中」を意味し、小手先に走らず、本質を貫き、人々の記憶に残るワインを造るという思いが込められている。
塩瀬さんと齋藤さんの出会いは、2016年。飲食店に勤務しながらソムリエの資格を取り、あるワインとの出会いから、自分でも造りたいと思うようになった齋藤さん。やるなら自分のワイナリーを持とうと決め、店を辞めて長野県内のワイナリーで醸造と栽培を学ぶ。同時に、地元の有志らが始めた耕作放棄地の開墾に加わり、自らぶどう栽培に取り組み、独立の機会を窺っていた。
一方、塩瀬さんは安曇野市内のワイナリーで白ワインの醸造を任されており、良いワインを造る醸造家として認められたいという気持ちはあっても、独立は考えてはいなかった。しかし、齋藤さんと出会い、自分らしいワイン造りを続けていくには、独立するのもいいかもしれないと考えた。
二人の異なる経験や知識、感性が合わさることで生まれるLe Milieuのワイン。目指すのは、やわらかく繊細で、エレガントな味わいだ。雑味のないピュアな味わいを意識し、醸造工程のほとんどを手作業で、絞りの加減や、どこまで澱をとるかまで細心の注意を配る。酸化防止剤として添加する亜硫酸も最低限必要な分だけ。補糖も補酸もしない。長野県内で多く栽培されているシャルドネやメルロのほか、契約農家の協力により県内では珍しいピノ・ノワールやリースリングなどを用いて、素材そのものの味や香りを活かした、Le Milieuならではのワインを生み出している。
塩瀬 豪さん(右・34歳)齋藤 翔さん(左・34歳)
ポラリス ピノ・ノワール(赤)
優しい香りと、じんわりと口中に広がる柔らかな味わい。だしがきいた料理に合わせやすく、肉じゃがや、野菜の炊き合わせなど、気取らない普段の家庭料理とも相性がいい。
¥4,300(税込・参考価格)
ポラリス リースリング(白)
華やかな香りと、フルーツのような甘酸っぱさを感じるフレッシュな味わい。ワインの香りを生かし、冷菜に合わせるのがおすすめ。フルーツサラダや、フルーツのソースがかかった肉料理などに。
¥4,300(税込・参考価格)
※いずれも、販売中のものとヴィンテージが変わる可能性があります。
TEL:0263-62-5507
住所:長野県安曇野市明科七貴4671-1
営業時間:9:00~16:00
休業日:土・日曜日
WEB:https://le-milieu.co.jp/
すべて自社栽培だからこそ慈味豊かなワインができる
ウッディファーム&ワイナリーは、自社畑で育てたぶどうだけでワインを造る、日本ではまだ数少ないドメーヌスタイルのワイナリーだ。開設は2013年だが、果樹農園としての歴史は古く、ワイン用ぶどうの栽培実績は40年を超える。ワイン用ぶどうの作付け面積は8ha。カベルネ・ソーヴィニヨン、メルロ、シャルドネ、ソーヴィニヨン・ブランなど、各地で栽培が広がっているもののほか、新しい品種も積極的に取り入れ、最近、力を入れているのがアルバリーニョやプティ・マンサン。従来の日本ワインにはない、濃厚でリッチな味わいが堪能できるという。
金原さんは、山形県上山市の出身。大学時代に発酵、醸造について学び、醸造関係の仕事に就く前に流通を学ぼうと考え、東京の酒屋に就職。2011年3月の東日本大震災をきっかけに地元に戻ろうと考えるようになり、山形県内の日本酒蔵に1年ほど勤務した後、2015年に入社した。
自ら栽培に関わり、ぶどうの生育状況をつぶさに観察しながら、最も良い状態のときに収穫し、醸造する。「同じ品種でも土地によって味が異なります。すべてを手掛けることで、地域の味を醸していることを実感する」と、金原さん。また、「常に同じ味わいのものを造ろうとは思わない。ぶどうの出来は年によって異なり、ワインの味が違うのも当たり前です。だからヴィンテージが重視される。味わいの差を埋めるために調整することはできますが、それはテロワールを否定しかねない」と言う。だから、補糖も補酸もしない、濾過もしない。年ごとに異なるぶどうの良さをそのままボトルに詰めている。同じ品種を毎年飲み比べる。そんな楽しみ方もありそうだ。
金原 勇人さん(35歳)
プティ・マンサン 2019 モアルー(白)
国内では生産者の少ないフランスのぶどう品種。やや甘口で、フランスではフォアグラに合わせるのが定番だが、バターや生クリームを使った料理にもよく合い、和食なら白子がおすすめ。
¥7,700(税込)
アルバリーニョ2020(白)
スペインのぶどう品種で鮮烈な香りが特徴。まずはワインだけで、その香りをじっくり堪能したい。料理と合わせるなら、山菜のような少しえぐみのある食材が合う。天ぷらやおひたしなどで。
¥3,850(税込)
TEL:023-674-2343
住所:山形県上山市原口829
営業時間:10:00~16:00(12:00〜13:00 昼休み)
休業日:土・日曜日
WEB:http://www.woodyfarm.com/
ブランドを守りながら、新しいものも取り入れていく
前寺 雄宜さん(36歳)
余市ワイナリーは、1974 年に余市町で初めてワイン造りを手掛けた余市町最古のワイナリー。余市ワインをより多くの人に楽しんでほしいとの思いから、2011年にレストランやギャラリー&アトリエを開設した。創業時から変わらないのは、その年その年のぶどうの特徴を最大限に活かしながら、余市ワインとして育てること。原料のぶどうは、近年、栽培を増やしている自社農園と、長年ぶどう栽培を続けている余市町内の契約農家から、収穫してすぐに届けられる。その鮮度の良さがフルーティな香りと繊細な味わいを生む。
前寺さんは、「ワイン造りには絶対的な正解がなく、人や時代によって考え方が変化する。その中で自分なりの造り方を探していくのが面白く、難しいところ」と言う。伝統の味を大切にしながら、柔軟に新しいものも取り入れていく。北の大地に育まれたワインをご賞味あれ。
ケルナーシュール・リー(白)
やや辛口で、キレのある味わい。発酵後の酵母と一緒にワインを寝かせるシュール・リー製法で、かんきつ系の香りと、ほのかな塩気も感じられる。生ガキやハマグリ、アユや山菜など苦みとうま味のある食材と相性がいい。
¥3,034(税込)
余市アッサンブラージュ赤い花束(赤)
余市町産の2つの品種、ピノ・ノワールとツヴァイゲルトレーベのブレンドで、赤い花を思わせる華やかな香りと果実感が感じられる。ゆったりとしたひと時に、さっぱりしたチーズなどと合わると、より香りが引きたつ。
¥2,420(税込)
TEL:0135-21-6161(ワインショップ)
住所:北海道余市郡余市町黒川町1318
営業時間:10:00~17:00
休業日:火曜日(11月~12月・5月~6月)/火・水曜日(1月~4月末)
WEB:http://yoichiwine.jp
いいワインを届けるために、栽培も、販売戦略も
白石 壮真さん(32歳)
地元では、 “ホンジョー(本格醸造)”の愛称で親しまれている岩崎醸造。1941年に醸造免許を所有する農家130名で設立した共同醸造組合を原点とする。現在も栽培農家との密接なつながりがあり、栽培にも積極的にかかわりながら、ぶどうの生育状況や果皮の色づき具合まで見ながら収穫時期を指定する。それは、長年の信頼関係がなければできないことだ。
ワイン輸入専門商社での勤務経験を持つ白石さんは、ただ良いものを造るだけでなく、それをいかにお客さまのもとに届けるか、販売戦略も必要と考え、ワインの名づけやラベルのデザインにもこだわりを見せる。さらに、山梨県のワイン産業の発展に向けて山梨県立農林高等学校が取り組むマイスター・ハイスクール事業に参画し、ワインに関する特別授業を行っている。幅広い視野を持つ、この若き醸造家から届けられるワインを楽しみにしたい。
シャトー・ホンジョー メルロ 樽熟成(赤)
ボルドーSakeチャレンジ 銀賞。果実味があり、程よい酸味となめらかなタンニンが調和している。ハンバーグやミートソースパスタなど、脂肪のうま味を感じる料理、コクのあるチーズと合わせて。
¥5,500(税込・数量限定)
シャトー・ホンジョー 熟成甲州 玉響(たまゆら)2001(白)
20年以上熟成した希少な古酒。和歌にちなんだ名前と、日本画を用いたラベルで、見た目も楽しめる1本。リラックスして、ゆっくりと味わいたい、やや甘口の親しみやすい味わい。
¥11,000(税込・数量限定)
TEL:0553-44-0020
住所:山梨県甲州市勝沼町下岩崎957
営業時間:8:30~17:00
休業日:お盆、年末。日曜日は作業やイベントの都合により不定休
WEB:https://www.iwasaki-jozo.com/