伝統や文化も大切。けれど、次の世代が酒造りを志せるよう時代に合った仕組みづくりも重要です
東京の都心・港区で100年ぶりに復活した酒造「東京港醸造」。
その立役者である杜氏の寺澤善実氏は、日本酒におけるマイクロブルワリーの先駆者。
業界に風を送り、新たな価値を創出している寺澤氏の原動力とは。
Text_YUMI KONDO.
Photographs_HISHO HAMAGAMI
PROFILE
寺澤 善実
京都府生まれ。京都にある大手酒造メーカーに勤務、2000年に始まった醸造設備を併設したレストラン事業に参画したのをきっかけにマイクロブルワリーの可能性を確信。2011年「東京港醸造」を立ち上げる。酒造りの傍ら、全国でマイクロブルワリー開設のサポートをしている。
國酒・日本酒の衰退を憂い
辿り着いた「マイクロブルワリー」
我々の暮らしに深く根付き、世界にも誇る國酒・日本酒。その産地として思い浮かぶのは全国各地の「米どころ」とされる地域だが、2016年に港区で約100年ぶりに酒造が復活した。オフィス街の中心地、コンパクトな4階建てのビルを利用した「東京港醸造」で日々酒造りに励んでいるのが、杜氏の寺澤善実氏だ。
寺澤氏は、日本酒におけるマイクロブルワリー(クラフト蔵®)の先駆者であり、かつて大手酒造メーカー勤務時代に経験したプロジェクトへの参画をきっかけにマイクロブルワリーの可能性を見出した。その後は杜氏として独立するが、現在まで一貫して寺澤氏の根底にあるのが、衰退する日本酒業界への懸念だ。
「今、日本は人口が減り、お酒が必要とされる機会も減っています。昔と同じように酒造りをしても先がない。ならば、これまでのやり方を一度リセットして、少人数で酒造りをする方が効率的なはずなんです」
この信念に基づき、寺澤氏は日本酒業界における伝統の「保守」ではなく「革新」を進めている。
「これからは酒造りにもイノベーションが必要です。例えば、今まで酒蔵では夜通しの作業は当たり前でした。しかし、さまざまな技術が進化した今、夜間作業をAIで管理すればそれが不要になり、人間は創造性が求められる部分に特化できる。特にマイクロブルワリーは四季醸造といって常に仕込みができるので、生産管理がしやすくロスが少ない。市場のニーズを受けた新しいチャレンジもしやすくなります」。
さらに現在ではユーチューバーとSDGsやフードロス問題を意識した活動も意欲的に進めている。
全国各地、ときには船上で!?
日本酒の多様性を模索し続ける
自身の酒造りのテーマを、“さわりなく飲めて、味わいがある酒”と言い、油絵のように日々の作業を塗り重ねていくのが杜氏の仕事と表現。そこに熟成期間が加わることで想像もしない味に変化することもあるのが酒造りの楽しさだという。
「杜氏として、おいしいと言ってもらえる酒を造り続けること。時間を費やし丹精込めて造った酒で満足していただけたら、それは最上の自己肯定感に繋がります。マイクロブルワリーでは造り手と消費者の距離が近い。そのぶん緊張感はありますが、すべてを受け入れるだけです」
現在「東京港醸造」では若いスタッフが修行に励んでいるほか、全国各地からマイクロブルワリー立ち上げの教えを請う声が後を絶たない。
「今は鹿児島や徳島、秩父での事業サポートを進めていますが、全国に足跡としてマイクロブルワリーを残せたらと思っています。また、大型客船の中や山の上にマイクロブルワリーを造れたら面白いですよね。小規模だからこそ、できることがたくさんあります。これが酒造りの多様性であり、これからの社会に寄り添った酒蔵の在り方だと思うんです」
杜氏という肩書きからは想像できないほど変化を求め楽しむ寺澤氏の軽やかな姿勢。そこから造り出される日本酒から目が離せない。
-
ビルの2階では発酵・搾り・貯蔵を行う
-
早朝の都心に蒸米の蒸気が舞う
東京港醸造の「江戸開城」シリーズ
東京港醸造株式会社
住所:東京都港区芝4-7-10
TEL: 03-3451-2626
E-Mail:ttps://terasawa.tokyo