“唯一無二”の存在という生き方 – 背景画師 中島盛夫

現在、日本にたった二人となった背景画師。
背景画師とは、銭湯のシンボル「富士山」の壁画を描くアーティスト。
日本人が忘れかけている思いやりや親切心を思い出させてくれる銭湯の富士山を、今日もどこかで描いている。

かつては人と人のふれあいや教育の場として賑わっていた「銭湯」。その件数は減少の一途を辿り、昭和43年の２，６８７軒をピークに平成25年時点では約７００となったが今再び注目を集め始めている。その理由のひとつが銭湯に欠かせない富士山の壁の存在だ。大きな風呂に浸かり、富士山を眺めながらほっとひと息。至福のひとときを与えてくれる富士山を、52年間、今も現役で描き続けている職人のひとりが、背景画師の中島盛夫氏だ。

　福島県から上京した中島氏は町工場の職員として働いていた。昭和39年のとある日、〝背景画師〞という生涯の職業に出会う。「田舎から出てきたから、銭湯っていうものを知らなかったんだよね。はじめて銭湯で富士山の絵を見たときは、驚いたよね〜。その後、偶然見た新聞に背景画師の助手を募集する三行広告が載っていてさ。子どもの頃から好きだった絵を描くことが仕事になるし、銭湯の富士山が描けるならと、すぐに電話をして」

　そんな偶然が人生を大きく変えるきっかけになる。故・丸山喜久男の助手として背景絵師の門をくぐった中島氏。はじめの３年は足場を組んだり、空の色を塗ったり、下積みの日々が続いた。

「（師匠は）描くのが本当に早くてね。自分が空を塗っている間にはもう下の絵が描き終わっているんだから！　そしたらある日、女湯描いてみろって。いやー、ビックリしたけど、やっと念願の富士山が描けると思うと嬉しかったよね」

　偉大な師匠の背中を必死に追いかけ、26歳で独立。日曜日以外は休むことなく、銭湯の富士山を描き続けた。描くのは営業前の朝８時から午後２時が勝負。限られた時間内に完成させるには、技もさることながら体力も必要だ。これまで中島氏は１万点以上を描き続けてきた。

赤、青、黄、白の4色のペンキを使い描いていく。ローラー使いは中島氏のお家芸。

PROFILE

背景画師

中島盛夫

1945年福島県相馬郡飯舘村出身。1964年に上京して間もなく、背景画師の故・丸山喜久男氏に師事。初めてローラー使いを考案し、背景画制作の時間短縮に貢献。銭湯の減少にともない背景画師が減る中、日本を代表する背景画師の一人として幅広いフィールドで活躍中。

「富士山？やっぱり好きだよね。日本一だよ」

銭湯×音楽の聖地として知られている吉祥寺「弁天湯」（武蔵野市吉祥寺本町2-27-13）の巨大な富士山は圧巻。

「構図は現場に行ってから決めるんだよね。前に描いてあった絵とガラッと変える。風呂場が生まれ変わったみたいに新鮮になるんだよね。富士山って、誰もが一度は描いたことがあるでしょ？ 一見単純なようだけど、満足できるものを描くのは難しい。しかも体力仕事だからね。老体には辛いよ。一番？ 今日書いたそれが一番だね。自分が納得しなくちゃ、やっぱり帰れないよね」

　自分が描いた銭湯には入っていられないよ、と笑う中島氏。ゆっくり湯に浸かって自分の作品を見ているとつい粗探しをしてしまうんだとか。

　近年では国内外の様々な分野で評価され、銭湯絵だけにとどまらず活躍の場を広げている。Ｇｏｏｇｌｅの日本オフィスや「アディダス オリジナルス フラッグシップ ストア　トウキョウ」ほか、ファッションブランドやレストランなど、銭湯以外の空間に描くことも多くなった。個人宅のバスルームやリビング、ガレージのシャッターなどに富士山を描いてほしいというオーダーも多いとか。時にはライブペインティングも行う。

有名ブランドや新進気鋭のデザイナーのアイテムと富士山のミスマッチが
おもしろい「ドーバー ストリート マーケット ギンザ」。

「ロンドンでも描いたんだけど、おもしろかったね〜。ピカデリーサーカスの近くの居酒屋で絵を描いているときなんて、完成前に営業が始まっちゃって。絵の具の臭いがクレームになるんじゃないかと冷や冷やしたけど、みんな気にせずに食事をしながら見てるんだよ。価値観の違いって不思議だよね」

[左]ロンドンの居酒屋に赤富士を描く中島氏。
[右]ロンドンでのひとコマ。地元っ子にも負けないスタイリッシュなファッションが印象的だ。

人懐っこい笑顔でどこへ行っても人々を魅了する中島氏。背景絵師としてのこれからの目標を聞いてみた。

「生涯現役！　広いところに大きい絵を描くのは気持ちいいよ！ 　背景絵師以上の楽しい仕事はないよね。だって画家だったら自分の作品が好きな人にしか見てもらえないけど、自分の富士山は、絵が好きでも嫌いでも関係なく見てもらえるでしょ。今のままずっと描き続けていたいね。亡くなる２ヶ月前まで描いていたっていう人もいるし、81歳の兄弟子の丸山さんも頑張っているし、負けてられないよ」

　日本独自の銭湯というカルチャーと、その空間をより贅沢にしてくれる銭湯絵。力強くもあり、繊細でもあり、様々な表情を見せる中島氏の富士山は、中島氏が歩んできた人生そのもの。たまには家族みんなで銭湯に出かけてみたくなった。

中島盛夫インフォメーション

中島氏の銭湯絵を気軽に楽しめるオリジナルグッズを販売中。Tシャツや一般家庭風呂向けの銭湯絵ポスターなど中島氏の作品をライフスタイルに取り入れてみては。詳細は「心和24」公式ホームページから。

■ 中島盛夫オンラインショップ
http://cocowa24.ocnk.net
中島氏への銭湯絵の制作依頼に関しては、メールinfo@cocowa24.ocnk.netまたは電話03-3589-6515まで。