男性8.79年、女性12.19年。この数字は、「平均寿命」と日常生活を制限なく過ごせる期間を指す「健康寿命」との差だ。つまり、人は平均してこの年数分、何かしら健康上の問題を抱えて余生を過ごしているのだ。そして、健康上の問題を起こす多くの原因が老化だと言われている。人は歳を重ねていくことを止めることは出来ない。しかし、加齢とともに身体に起こる老化現象を管理することは可能だ。例えば、食事や、適度な運動を行うなどの健康管理によって、科学的に老化のスピードを遅らせることが出来るのだ。人生の理想は、「健康寿命」を伸ばし、最後のときまで健康で過ごすことだろう。その為にも、今から出来る年齢に抗う術を身に付けておこう。
Illustration_MASARU OHTSUKA.
Edit&Word_POW-DER
40代からの老化対策 PART1
人はなぜ老いるのか?その定義・メカニズムを知る
癌や脳血管障害などの疾患は、長期の入院や治療・リハビリを要する。また、膝や股関節などの運動器の疾患や、緑内障や強度近視といった眼の疾患は日常生活に大きく支障をきたしてしまう。そうした加齢とともに起こるトラブルについて、抗加齢医学専門医の日比野佐和子先生に話を伺った。
PROFILE
医師・医学博士
日比野佐 和子 先生
日本抗加齢医学専門医、医学博士。医療法人社団康梓会Y`sサイエンスクリニック統括院長、大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学特任准教授。内科医、皮膚科医、眼科医であり、また様々な医療機関・研究所の理事を歴任。抗加齢分野においての第一人者的な立場として、基礎研究から最新の再生医療の臨床に至るまで幅広く国際的に活躍するとともに、テレビや雑誌等メディアでも注目を集める。
細胞の元気がなくなると老化が進んでしまう!?
とかく「老化」というと、白髪や皮膚のシワ、肌のかさつきなどの身体の表面的な劣化や、筋力の低下、視力の低下といった能力の衰えをイメージしがちだ。また、腰痛や骨粗しょう症などの疾患も挙げることが出来る。では、そもそも老化はなぜ起こるのだろうか?
「人の身体は37兆個ほどの細胞で出来ていると言われています。その細胞を作り出したり、傷を修復したりする『幹細胞』の数が年齢を重ねるごとに減少します。すると、皮膚や内臓はもちろん、骨や関節、神経器官さえも劣化していきます。それが老化です。つまり、幹細胞が元気であれば、身体の劣化を軽減することが出来るのです」と、日比野先生は説明する。
ところが、刺激物の摂取や運動不足、心理的なストレスといった〝現代人にありがち〞な様々な要因が、幹細胞に悪影響を及ぼしてしまうらしい。
「それどころか、ストレスを解消しようとしてスポーツをした場合、過度な運動が幹細胞を損なうこともあります。若い人は細胞も身体も回復力がありますが、年齢が上がるにつれ回復力が下がるからです。なので、やり過ぎないことも重要になります」と注意を喚起する。
幹細胞の減少・劣化、すなわち老化は脳梗塞やアルツハイマー病、心筋梗塞、動脈硬化などの深刻な疾患を引き起こす。「筋力の低下や骨粗しょう症によって、重度の骨折を引き起こすこともあります。そうならないためにも、幹細胞を活性化させ、健康な身体を維持することが大切なのです。自身の細胞を利用した再生治療などもありますが、日頃の心がけ次第でずいぶんと老化を軽減することは出来ます。例えば食生活を改善したり、適度な運動をしたり、それに十分な睡眠を取ることも大切です」とアドバイスする。
生活習慣を改善するにあたり大事なのは、決して「〜してはいけない」と自分を戒めないこと。そういうネガティブな思考がストレスを生み、そのストレスが老化を進行させてしまうからだ。あくまでも楽しく、ポジティブなスタンスで老化に抗っていただきたい。
【老化を促進させる様々な要因】
※「Y’sサイエンスクリニック広尾」の資料から抜粋。
白髪や顔のシミ、視力の低下など、身体の表面的な変化で捉えられがちな老化だが、上記のグラフにあるように、細胞レベルで見ると身体の中では色々なことが起きている。「難しい言葉も多いので上の図を見てもよくわからないかもしれませんが、例えば、『テロメアの短縮』について説明すると、テロメアというのは染色体の両端にある部分で、DNAのショックアブソーバーのような役割をしています。これが短縮すると遺伝情報が正しく伝えられなくなりゲノム(遺伝子全体)も不安定になります。また、DNAの配列(情報)を上書きすることもできなくなってしまうため老化が進む結果になります。こうした細胞レベルの様々な要因によって、老化は増長するのです」と、日比野先生は説明する。
老化が要因で発症する主な疾患
脳 | 神経細胞の減少によって脳の萎縮は30歳代くらいから始まり、65歳くらいになると萎縮のせいで脳のシワが深く大きくなる。萎縮が進むと認知機能の低下(記憶力の低下)や見当識の障害、鬱の症状が現れる。 |
【疾患】● 脳梗塞 ● 脳挫傷 ● アルツハイマー病 ● ALS(筋萎縮性側索硬化症) |
心臓 | 加齢とともに心臓血管系は肥大や拡張といった変化が起こる。また、血圧は高くなり、収縮期血圧(上の血圧)が特に上昇する。特に肥満、糖尿病の人は、心臓系の疾患を引き起こしやすいので注意したい。 |
【疾患】● 心筋梗塞 ● 動脈硬化 ● 狭心症 |
肺 | 老化によって肺の弾性収縮力は低下。肺胞を囲んでいる毛細血管の数が減ることと、胸郭と横隔膜が硬くなることもあって、酸素を取 り込む量が減ってしまう。 |
【疾患】● 肺気腫 ● 肺炎 ● 慢性閉塞性肺疾患 |
内臓 | 胃~小腸~大腸は加齢によって粘膜が萎縮し、活動も鈍ってくる。また、肝臓は組織の一部が線維化してしまう。内臓は飲食や様々な外部からのストレスによってダメージを受けやすく、それでいて変化を自覚しにくいのが難点だ。 |
【疾患】● 腎臓病 ● CKD(慢性腎臓病) ● 肝臓病 ● 糖尿病 |
皮膚 | 加齢に伴い皮膚の表面を構成する表皮細部の萎縮によるバリア機能の低下と、真皮にある線維芽細胞の増殖能が低下することによるコラーゲンやエラスチンなどの減少によって、シワやたるみが形成される。 |
【疾患】● アトピー性皮膚炎 ● 老人性乾皮症 ● 皮脂欠乏性湿疹 |
骨・関節 | 骨量の減少によって、骨の老化は起こる。加齢とともに骨密度は低下していくが、実はピークは20歳前後。それ以降骨は弱くなっていくので、簡単な外傷による骨折などには早くから注意が必要だ。 |
【疾患】● 交通外傷(重度骨折) ● 骨粗しょう症 ● 関節炎 |
40代からの老化対策 PART2
「年齢に抗う」ための日常生活のススメ
人はトカゲやイモリのように、身体の一部を簡単に再生することはできない。また、ロブスターのように脱皮して、皮膚を新品にすることも不可能。
では、どうすればいいのか? バランスの良い食生活を心がけ、適度な運動を取り入れ、できるだけ身体にストレスを与えないようにすれば、老化の進行を軽減することができる。
ADVICE 1
食事
ナッツ類を食べよう!
幹細胞に悪影響を及ぼす活性酸素に対して、強い抗酸化能力を持つ食品にナッツ類がある。アーモンドやクルミ、マカデミアナッツなどにはビタミンBやビタミンEをはじめ、タンパク質や脂肪、天然の植物性オメガ3不飽和脂肪酸、さらにマグネシウムなどの栄養素が含まれている。これらは幹細胞などの細胞膜を保護する働きがあるだけでなく、心臓疾患などのリスクを低減させる効果も期待できる。
ナッツは1日20~30g食べたい。また、抗酸化作用が強いポリフェノールを効果的に摂取するためにも、1日に赤ワインを1~2杯飲むか、ダークチョコレートを1枚(60g)食べるといい。
味噌を食べよう!
発酵食品である味噌は、腸内環境を整える効果が抜群だ。「ここ最近、腸は“第2の脳”と呼ばれるほど重要な臓器と言われています。腸のケアは重要です」と日比野先生が推奨するように、味噌や納豆などの発酵食品を積極的に食べよう。大豆はたんぱく質やイソフラボン、ビタミンE、リノール酸といった魅力的な栄養素がたっぷり含まれているので、血圧や血糖値の上昇を抑えてくれるのも魅力だ。
和食に欠かせない味噌汁は、美味しく味噌を摂取することができる一品。それに納豆を加えれば、老化対策に効果的なメニューになる。ただし、塩分の摂り過ぎに注意。
魚を食べよう!
活性酸素の細胞攻撃を緩和する食材として、青魚が挙げられる。青魚に多く含まれるDHA(ドコサヘキサエン酸)とEPA(エイコサペンタエン酸)が身体の中の炎症を抑えるとともに、細胞の活性化を促進するからだ。この2つの栄養素は、脳梗塞や心筋梗塞といった動脈硬化が原因の疾患のリスクを軽減する効果もある。サバやサンマ、イワシなどを積極的に食べるようにしたい。青魚が苦手な人は、サケやウナギでもOKだ。
●焼き魚(可食部100g)に含まれるDHA・EPAの量
ADVICE 2
運動
1日15分のウォーキング
有酸素運動は老化対策にはとても効果的。「だからと言って、心肺能力を上げるような強度なランニングは、かえって活性酸素の大量発生による酸化ストレスを引き起こすこともあります。また、転倒による骨折や脳震盪なども心配です」と語る日比野先生。そこでお薦めなのがウォーキング。それも普段より歩幅を広く取った「早歩き」だ。早朝、朝日を浴びながら、15分ほど家の周りや公園などを散歩するといいだろう。
平地だけでなく、緩やかなスロープや階段をウォーキングのコースに加えるのもOK。ほどよい負荷が、筋肉と骨の強化に役立つからだ。
就寝前のストレッチ
「激しい筋肉トレーニングは酸化ストレスをためてしまい、細胞にダメージを与えることもあります」と注意を喚起する日比野先生。そこで先生が薦めるのは、就寝前に行う簡単なストレッチだ。ストレッチのおかげで自律神経の副交感神経が優位になるため、リラックス効果が増すからだ。毎日5分ほど行うといいだろう。
ストレッチ1/正座の姿勢から上体を前に倒す。両腕を伸ばして両脇と背筋が伸びるのを意識する。ストレッチ2/横向きに寝て膝を曲げる。上側の腕を、背中の後方へ伸ばす。
週イチ・90分のスポーツ
毎日の定期的な運動ができない人は、週1回だけスポーツに励むといいだろう。「『必ず~~しなければダメ』という脅迫観念=ネガティブシンキングは、細胞にストレスを与えてしまいます。なので、自分が楽しいと感じるスポーツを週末に90分ほど行うといいでしょう」とアドバイスする日比野先生。あくまでも「楽しい」と思う気持ちが大切なのだ。
ゴルフが好きな人は、練習場で90分ほど打ち込むといい。サイクリングが好きな人は、公園や河川敷をのんびりと走るのもOK。
ADVICE 3
精神
深呼吸でリラックス
古代インドが発祥のヨガや、最近欧米で人気のマインドフルネスは、どちらも瞑想を行う方法。「この瞑想には、細胞レベルで身体を活性化するパワーがあるのです」と日比野先生は明言する。瞑想はいたって簡単! 椅子に座って楽な姿勢をとり、目を閉じていつもよりゆっくりと長く深呼吸をすればOK。心身ともにリラックスすることが大事だ。
深呼吸の回数や時間は限定しない。自分が心地良いと感じることが大切だ。
質の高い睡眠
「良質な睡眠は自律神経を整え、細胞の修復・再生を促します。1日7~8時間の睡眠が理想です」と明言する日比野先生。なかなか7~8時間も取れない忙しい人には、「なるべく“質の高い”睡眠を取るようにしてください」とも。そのためには14時以降のカフェイン摂取の禁止と、寝る直前のPC・スマホ操作の禁止が必須。どちらも神経を昂ぶらせるので、ぐっすりと眠れなくなるからだ。
PCやスマホが発するブルーライトは、コーヒーのカフェインと同様、神経を昂ぶらせてしまうので、就寝前の操作は厳禁だ。