日本茶と聞いて、多くの人がまず思い浮かべるのは緑茶。いわゆる煎茶だろう。しかし、高級なお茶として知られる玉露はもちろん、ほうじ茶や玄米茶も緑茶の仲間であり、それぞれ異なる「旨み」「渋み」「苦み」「香り」がある。さらに、淹れ方によっても異なる味わいがあり、日本茶とはなんとも奥が深い。その一端を知ることで、自分の好みやその時々の気分に合わせて、じっくり味わってみたくなるに違いない。
いざ、奥深い日本茶の世界へ!
Text_JUNKO TAKEI.
身近過ぎて意外に知らない?
日本茶の正しい楽しみ方を学ぶ
寿司店や日本料理店などで当たり前のように無料で提供される日本茶。身近な存在でありながら、案外知らないことが多く、茶葉を購入する際も何となく、金額だけを目安に選んではいないだろうか?
「家で淹れて飲む日本茶がおいしいと感じられないときは、少し淹れ方を変えてみて」というのは、厚生労働省認定社内検定・伊藤園ティーテイスターの廣上紀子さん。
日本茶に関する素朴な疑問や、おいしい淹れ方など、日本茶の楽しみ方について伺った。
PROFILE
ひろかみ のりこ
廣上 紀子さん
株式会社伊藤園 広域流通営業本部
業務用営業推進部 業務用営業推進四課
伊藤園ティーテイスター1級
伊藤園の社内資格ティーテイスター制度は、お茶に関する知識と技能を身に付けるための制度で、1級保有者は全資格所有者2,321名中わずか17名(2022年5月時点)という、お茶に関するエキスパートだ。その一人である廣上さんは、全国各地のセミナーやイベントで、日々お茶の楽しみ方の啓蒙に努めている。
伊藤園は茶葉専門店やお茶処を各地で展開。東京日本橋の三越本店「日本橋 和の茶」では、希少品種など一般には流通していない逸品なども揃え店内で楽しむこともできる。
- 東京日本橋三越本店「日本橋 和の茶」
URL:https://www.itoen.jp/shoplist/wanocha/
日本茶のおいしさは旨み、渋み、苦みでつくられる
考えてみると、コーヒーや紅茶の産地や銘柄にこだわり、自宅でていねいに淹れて楽しむ人は多いが、同じように日本茶を茶葉からじっくり選び味わっている人というのは意外と少ない気がしている。「新茶」とそれ以外のお茶の違いを答えられなかったり、「おいしい」と聞いて淹れて飲んでみたらやたら渋かったり。高級茶がなぜ高級かも実は分かっていなかったり。日本茶について、意外と知らないことが多くはないだろうか。
「日本茶の味は主に「旨み」「渋み」「苦み」のバランスで構成され、最近は苦渋みが少ないまろやかなお茶が人気です。旨みの濃いお茶ほど値段は高く、100gあたり2,000円~3,000円くらいまでになると値段と旨み成分の量はほぼ比例していて、それ以上の値段のものは希少性や栽培方法、生産者のこだわりといった付加価値で変化します」と説明してくださったのは、伊藤園でティーテイスター一級の資格を持つお茶のプロ、廣上紀子さん。
購入する際は100gあたり1,000円以上を目安にすると旨みを十分に楽しむことができ、旨みよりも渋みのきいたさっぱりした味わいが好みなら、1,000円以下でもおいしい日本茶が楽しめるそうだ。
茶葉も農産物であり、天候の影響などを受けることがあるが、一般に、茶園(茶農家)が荒茶加工までを行い、販売事業者は複数の茶園から異なる特徴を持つ茶葉を数種類集めて合組(ブレンド)することで一定の味をつくりだしている。
「お茶は、旨み、渋み、苦みのバランスに加え、香りや水色(すいしょく)の美しさも大事で、ひとつの品種ですべての要素を満たすことはとても難しいため、合組することでバランスのいいお茶をつくることができるのです」と廣上さん。
ペットボトルの手軽さもいいがじっくり緑茶を味わう時間を
日本茶は日本人にとってもっとも身近なお茶であり、茶産地として、古くから静岡(静岡茶)、埼玉(狭山茶)、京都(宇治茶) などが知られているが、北は秋田から南は沖縄まで、広範囲で茶葉の栽培が行なわれている。主要産地は静岡県、鹿児島県、三重県で、生産量の約7割を占める。
茶葉の品種は、よく知られている「やぶきた」が全体の7〜8割を占めるが品種改良も盛んで、農林水産省に登録されているだけでも100を超える品種があるといわれている。日当たりや土壌の性質に合わせたり、摘採(収穫)時期をずらすために複数品種を栽培する茶園も多いという。
しかし日本茶自体の生産量は年々減少傾向にあり、2005年に10万tあった荒茶の生産量は2021年に7万8000tにまで減少。また、1世帯当たりの年間支出金額では、2007年以降ペットボトル等の緑茶飲料が日本茶(リーフ茶)の消費支出額を上回り、参入する企業の増加と大量生産化が進んだ。
一方で、日本農業と同様に後継者不足による生産者の減少などが大きな課題になっている。そうした中で、栽培法にこだわり、荒茶加工から仕上げまでを一貫して行うことでより茶葉の個性を引き立て、こだわりが詰まった日本茶や作り手の顔が見える日本茶作りなど、生産者の工夫によってこれまでにない新たな潮流も生まれてきており、若い世代を含めて着実に人気が高まっているという。
「日本茶の中でもっともよく飲まれている煎茶は、淹れ方によって味わいの変化が楽しめるお茶です。そのお茶の持つ旨み、渋み、苦みをどう引き出すかは、淹れ方次第ともいえます。基本的な淹れ方を知ったうえで、湯の温度や量、茶葉の量などを加減して、好みの味わいを探したり、その時の気分で淹れ方を変えたりして楽しんでみてはいかがでしょう」と廣上さん。アドバイスに従って、まずは基本の淹れ方をマスターしよう。
【日本茶の基礎知識】
◆身近な日本茶の種類
煎茶
- 日本茶の中で、もっともよく飲まれている代表的なお茶。製造工程の「蒸し」時間の違いで「浅蒸し」「深蒸し」などがあり、蒸し時間が長いほど茶葉が細かくなり、茶葉に含まれる成分がより多く抽出されやすくなる。
摘み採った順番により、「一番茶」「二番茶」「三番茶」と呼ばれ、「一番茶」と「新茶」は、いずれもその年の最初に生育した新芽を摘み採ってつくったお茶で、基本的に同じもの。一年で最初に摘まれる「初物」、または「旬」のものという意味を込めて「新茶」と呼ばれ、若葉の「さわやかですがすがしい香り」が楽しめる。
玉露
- 新芽が2~3枚開き始めたころ、茶園をヨシズやワラで20日間ほど覆って日光をさえぎって育てたチャノキの葉を原料につくられる。こうしたひと手間をかけることで、渋みが少ない、特有の濃い旨み、まろやかな味わいを生む。
ほうじ茶
- 煎茶や番茶、茎茶などを炒って(ほうじて)香ばしさを出した日本茶。炒ることで苦味成分であるカフェインが昇華(固体から気体に直接変化する現象)し、香ばしくすっきりとした味わいになる。
玄米茶
- 水に浸して蒸した米を炒り、番茶や煎茶などをほぼ同量の割合で加えた日本茶。番茶や煎茶の使用量が少なくなるため、カフェインが少なくなる。炒り米の香ばしさと、番茶や煎茶のさっぱりとした味わいが楽しめる。
抹茶
- 日光をさえぎって育てたチャノキの葉を原料に、茶葉を蒸した後、揉まずにそのまま乾燥させ、茎や葉脈などを除いた「てん茶」を石臼あるいは微粉砕機で挽いたもの。旨みが濃く、茶葉の栄養成分をまるごと摂ることができる。
◆ もっとも身近な日本茶、「煎茶」ができるまで
1. 荒茶加工
摘採した生茶葉は、「蒸す→揉む→乾燥」などの行程を経て「荒茶」という半製品の状態まで加工される。
2. 仕上げ加工
「整形・分別→火入れ→合組」などの行程を経て製品になる。(荒茶の形や重さで分別してから火入れをする方法と、まとめて火入れしてから整形・分別する方法がある)
◆ 煎茶の「蒸し時間」による違い
蒸し時間が長くなるほど渋みが減り、まろやかな味わいになる。パッケージに「浅蒸し」「深蒸し」などの表記があるので、普段飲んでいるものが中蒸し(普通蒸し)で、もっとまろやかな味わいが楽しみたければ深蒸しや特上蒸しを選んでみよう。
また、蒸し時間が長いほど茶葉は崩れて細かくなり、水色(すいしょく)は濃い緑色になっていくので、この違いを確認すれば「蒸し」の違いを大まかにだが確認することができる。茶葉に合わせた淹れ方で、その茶葉の持つおいしさを引き出そう。
まずは基本をマスターしよう
「旨み」(テアニン)・「渋み」(カテキン)・「苦み」(カフェイン)、
そして「香り」は淹れ方で決まる
日本茶の味わいを決めるのは、「茶葉の量、湯の温度、湯の量、抽出時間」の4つ。
これを変えることで、「旨み」・「渋み」・「苦味」、そして「香り」を変えることができる。
まずは、主な日本茶の種類ごとに、基本の淹れ方を紹介しよう。
◆ 日本茶の種類別 基本の淹れ方(すべて2人分)
ポイント
・茶葉(玉露以外)は湯100mlに対してティースプーン1杯(2g)を基準に、好みの濃さや湯の量に合わせて加減しよう。
・水は軟水で。ミネラルウォーターを使う場合は必ず硬度を確認し、硬度100mg/1L以下を選ぶ。水道水のカルキ臭などが気になる場合は、一度沸騰させるか、一晩汲み置きをすると気にならなくなる。
煎茶
玉露
玄米茶
ほうじ茶
水出し茶
お湯の温度を変えて味わいをコントロール
日本茶の渋み成分であるポリフェノール(カテキン)や苦み成分であるカフェインが溶け出しやすいのは約80℃以上で、旨み成分であるアミノ酸(テアニンなど)は低温でも溶け出す。そのため、日本茶は同じ茶葉でも淹れる湯の温度によって味わいが異なる。
「高温でさっと淹れれば香りのいいスッキリした味わいになり、渋みや苦みが欲しければ抽出時間を長めに。ぬるめの湯で淹れればカフェインが抽出されにくく、苦渋みを抑えて、旨みを感じられる味わいになり、テアニンのリラックス効果も得られます。水出しで簡単に旨みたっぷりの日本茶をつくることもできるので、どのようなお茶が飲みたいか、その時の気分や食事などに合わせて楽しんでみるといいと思います」と廣上さん。
食事との合わせ方に決まりはないそうだが、廣上さんのおすすめを伺った。
「甘いものや、脂ののったブリの照り焼きやステーキなど、脂っこい料理には、カテキンの渋みを引き出したすっきりとシャープな味わいの煎茶を合わせると、口中の脂を洗いながし、さっぱりさせてくれます。サンマやサバなどの焼魚には、香り立ちのいい玄米茶。こんがりと焼けた魚の香ばしさと煎り米の香ばしさがよく合います。バターやクリーム系の料理には、ほうじ茶がおすすめです。焙煎をしているので、焼き菓子などとの相性もいいと思いますが、ぜひ、ご自身で試してみてください」
お湯の温度で変わる茶葉の成分による健康効果
日本茶に含まれる成分には次のような健康効果が期待でき、淹れる温度を変えることでほしい効果を引き出すこともできる。気になるものから試してみよう。
◆カテキン ポリフェノールの一種で、抗酸化作用や抗ウイルス作用があり、食事とともに摂取すると、脂肪の吸収を穏やかにし、コレステロールの吸収を抑え排出を促す働きがある。
◆カフェイン 脳の中枢神経に働きかけ、眠気を防いだり、疲労を抑制して運動能力をアップさせたりする効果があるといわれる。利尿作用によって、体外に老廃物を排出する働きが強まる。アルコールの代謝が高められ二日酔いにも効果があるといわれる。
◆テアニン(アミノ酸) 日本茶に特有のアミノ酸で、一番茶でも初期の若い芽に多く含まれる。テアニンを摂取すると、脳がリラックス状態にあるときに多く出現するα波が上昇することがわかっており、興奮を鎮めて緊張を和らげる働きや、心身をリラックスさせる効果がある。
◆ もっと日本茶を楽しむための豆知識
茶葉の保存法
茶葉は温度や湿度の変化、光を嫌うので、開封したら密閉性と遮光性を備えた容器に入れて常温保存し、2〜3週間を目安に飲み切るのがベスト。未開封の状態なら冷蔵庫や冷凍庫で保存できるが、冷蔵庫(冷凍庫)から出してすぐに開封すると、結露ができて鮮度を損ねてしまうので、常温に戻してから開封する。
飲みきれなかった茶葉は
開封後しばらくして、色があせたり香りが飛んでしまった茶葉は、ほうじ茶にしてみよう。片手鍋に10~20g(2~3回で飲み切れる量)の茶葉を入れ、弱火~中火で焦がさないように鍋を振りながら焙じる。“いい香り”と思うところで火からおろし、冷ます。焙じる時間や火加減で味が変わるので、いろいろ試してみよう。また、緑茶には消臭作用があるので、布などに包んで食器棚や下駄箱に入れれば消臭剤としても利用できる。
茶がらを料理に
お茶を飲んだ後の茶葉には、ビタミンA(βカロテン)や食物繊維などの栄養素が残っていて、捨ててしまうのはもったいない。新芽を使った一番茶は葉が柔らかいので、そのままポン酢をかければお茶のおひたしになる。卵焼きや炒飯に加えれば彩がよく、ドライカレーやミートソースに入れれば野菜嫌いでも大丈夫。いい新茶や一番茶が手に入ったら、2~3煎楽しんだ後、炊きたてのご飯に混ぜると、お茶の香りが広がる緑鮮やかなご飯が楽しめる。