写真:しらかわホール
鑑賞だけでなく、創造と投資が循環する〝都市の成熟〞へ向けた流れが、今まさに加速している。
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企業の支えが創造を育み
新たなステージが始まる
名古屋では劇場などの整備が進み、文化の土台が厚みを増している。静かなうねりを内側から支えるのが、企業によるエンタメへの投資だ。なかでも先駆的に取り組んできたメニコンに注目。脚本も手がける田中英成名誉会長に、名古屋のエンタメの現在地と未来を聞いた。
伺ったのはこの人

株式会社メニコン名誉会長 田中英成氏
1959年生まれ。日本初の角膜コンタクトレンズを開発した創業者田中恭一を父に持ち、眼科専門医を取得後、メニコンへ入社。2000年に弱冠40歳で社長へ就任。現在はメニコン名誉会長、公益財団法人メニコン芸術文化記念財団代表理事、公益社団法人スター・クラシックス協会代表理事。「あおい英斗(ペンネーム)」として歌劇の脚本や作詞を手掛ける傍ら、将来性のある若い音楽家や俳優の支援も行っている。主な作品は『本能寺が燃える(2010年ギャラクシー賞奨励賞、JFN賞2011企画部門大賞)』、『キミのために散る』など。
エンタメが街を活性化
名古屋の可能性と課題
名古屋ではエンタメ施設や公共ホールなどの整備が進み、街の空気が少しずつ変わり始めている。この動きを「ようやく名古屋にも追い風が来ました」と語る田中英成氏。
「名古屋は地元への愛着が強く、企業も堅実。教育レベルも高いので、新しい表現が育つ土壌は揃っている。あとはなにか、それを動かす〝きっかけ〞があればいいんです」
ただ、そのポテンシャルを十分に生かすには、越えなければならない壁もある。田中氏が長年感じてきたのは、エンタメを支える〝仕組み〞が整っていないことだ。
「照明や音響など優秀な人材が東京へ移ってしまうので、地元にとどまるメリットをつくることが課題ですね」
インフラは整いつつある一方で、それを支える〝人材〞と〝資金〞は足りない。それは、田中氏が名古屋という街と向き合い続けてきた実感でもある。
「名古屋は芸術への投資がまだ根づいていません。地元の人々がもっとエンタメ文化にお金を使う時代にならないと、本当の意味で街は変わりません」
街が発展するための〝循環〞
行政・企業・市民の役割
とはいえ名古屋には、他都市にはない強みもある。地元意識の強さや堅実な企業文化は、〝エンタメ文化の循環〞が生まれやすい素地だ。
「行政は場を整え、企業は資金や機会を提供し、クリエイターは作品をつくる。市民はその価値を受け止めて応援する。それぞれが役割を果たすことで街は大きく動きます。エンタメ文化への投資は、人間にとって豊かさをもたらすものです。そして、その取り組みによって社会をより良い方向へ導くことが重要なのです」
メニコンが自前でホールを持つという決断も、〝循環をつくるための挑戦〞だったが、出発点は意外にも日常的な問題だったという。
「本社横の駐車場にコンビニをつくりたいと言われことがありました。でも、コンビニができると喫煙者が集まります。メニコンは禁煙に取り組んでいる会社でもあるから、広小路通りと車道の交差点という好立地には、煙草ではなく別の目的で人が集まる場所をつくりたいと思いました」
こうして、企業活動と都市の文化醸成を同じ場所で実現する複合ビル構想が生まれ、本社屋内に『メニコン シアターAoi』が誕生。衰退していく商店街の中で、地域に灯をともすランドマークにしたいという願いも込められていた。
オーケストラピットや〝せり〞、薄膜スクリーンを備えた「メニコン シアターAoi」。2024年12月の「光と音のタペストリー」コンサートでは、薄膜スクリーンを使った光の切り絵演出が披露された。
メニコンだからこそ
〝見える喜び〞を伝えたい
ホールづくりでは、田中氏の創作者としての視点が存分に活きている。
「基盤となる図面は全部Excelでつくりました。自分が設計のプロになったつもりで考えるんです」
そのこだわりの源には、田中氏自身が脚本家・作詞家として活動してきた経験がある。
「初めて書いたラジオミュージカルがギャラクシー賞を受賞し、とても感動しました。そういう作品づくりの喜びが、劇場づくりにもつながっています」
文化は人を豊かにし、豊かになった人が次の創造を支える。田中氏は、企業としてその循環を支える覚悟を語る。
「メニコンだからこそ、〝見える喜び〞を伝えたいんです。それが街を動かす力になると思っています」
ホール完成後は、若手アーティストの挑戦が増え、地域での創造活動も広がってきた。
「地元で頑張る人が増えると、街に動きが出てきます。応援する人も増えて、また次の挑戦につながる。これが都市としての文化醸成の循環です」
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メニコン シアターAoi・HITOMIホール
メニコン シアターAoi(写真上)は、オーケストラピットを有する客席数301のコンパクトな劇場。地域の文化の創造・発信を行う拠点として、2023年7月にグランドオープン。〝探求心、創造、交流、感動〞をコンセプトに、2012年6月にオープンしたHITOMIホールは、演奏会はもちろん、会議や講演会など幅広く活用できる。 -

若手アーティスト育成モデル
「スター・クラシックス・アカデミア」は、30歳以下のクラシック奏者を対象にした育成プログラム。セルフ・プロデュース力向上のために経営視点、メディア対応、企画づくりなどを学んでいく。さらにラジオ出演やガラコンサートなど、人前で表現する機会も与える。〝名古屋で生きていけるアーティスト〞を育てるための仕組みだ。
街の動きを大きく押し上げる
世界基準のアリーナ「IGアリーナ」が2025年始動
©AIA corporation
2025年3月、名古屋最大級のライブハウス型ホール「COMTEC PORTBASE」が誕生し、名古屋のエンタメは新たな段階へと踏み出した。そして、同年7月に「IGアリーナ」が開業。名古屋城を望む名城公園に位置する、国内最大級のグローバルアリーナだ。最大収容人数は1万7000人(立ち見含む)。スポーツ観戦とコンサート両方に適したハイブリッドオーバル構造を採用し、迫力と臨場感を実現。最新の音響・照明・映像設備を備え、約20の飲食店舗や上質なグルメを提供するラウンジが並ぶ。こけら落としの大相撲名古屋場所は連日満員、「名古屋ダイヤモンドドルフィンズ」の新たな本拠地、2026年アジア・アジアパラ競技大会の会場にも予定されている。名古屋駅や栄からのアクセスも良く、街の動きを大きく押し上げる存在となるだろう。
2026年、新しい施設が続々誕生
名古屋のエンタメが一気に動き出す
IGアリーナ ※画像はイメージです ©AIA corporation
2026年は、新しいエンタメ施設が相次いで誕生し、街の動線とにぎわいが大きく広がる年となる。ここでは、名古屋の日常に新たな潤いを加える、注目のスポットを紹介する。
2026年 3月 RENEWAL OPEN
しらかわホール
2026年1月現在
名古屋が誇る音楽の殿堂、待望の再始動
名古屋の音楽文化を象徴してきた「しらかわホール」は、1994年の開館以来、世界有数の音響を誇るクラシック専用ホールとして数々の名演を生んできた。2024年に惜しまれつつその歴史に幕を下ろしたが、有志の運営により新体制で再始動する。新生ホールは、音楽と街、人が交わる「ひらかれた空間」を理念に掲げ、地域とともに歩む文化拠点をめざす。3月24日(火)には、12年前にしらかわホール最後の主催公演を行ったピアノの巨匠サー・アンドラーシュ・シフ(写真下)が、再開の扉を開く。新たな時代の幕開けにふさわしい、心躍る一夜となりそうだ。
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©Nadja Sjöström
2026年 4月 OPEN
パロマ瑞穂スタジアム
空と森と大地が躍動するスタジアム
名古屋・瑞穂公園の中心に新たなランドマークが誕生する。2026年アジア・アジアパラ競技大会のメイン会場として開閉会式や陸上競技が行われることが決定した「パロマ瑞穂スタジアム」だ。約3万人を収容する観客席をぐるりと囲む大屋根は、雨を避けつつ自然光を巧みに取り込み、開放感と快適性を両立。デザインテーマは「空」「森」「大地」。雲のように浮かぶ屋根、木立に溶け込む外装、段丘状のデッキが瑞穂公園の豊かな緑の風景と調和する。名古屋グランパスの新しい試合会場としてもスポーツファンの大きな話題となっている。
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©2021株式会社瑞穂LOOP-PFI ※画像はイメージです
2026年 7月 移転OPEN
名古屋四季劇場
名古屋四季劇場[熱田]外観パース(2025年11月末時点、提供/劇団四季)
熱田地区の新たな象徴へ
「文化の東京一極集中是正」を理念に掲げる劇団四季。名古屋では年間25万人以上が来場する人気の劇団だ。その劇団四季が2026年7月に名古屋・中村区名駅南にある専用劇場「名古屋四季劇場」を熱田区三本松町に移転する。客席数は現在の劇場より100席多い約1300席となる。その幕開けを飾るのは、日本各地の四季専用劇場でこけら落とし公演を担ってきた名作ミュージカル『オペラ座の怪人』で、開幕日は7月5日(日)。重厚かつ流麗な旋律に彩られ、悲しき怪人の愛が格調高く描かれる。新劇場の誕生は名古屋の演劇文化に新たな風をもたらすだろう。
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ミュージカル『オペラ座の怪人』(撮影:阿部章仁)
名古屋四季劇場
| 住所: | 愛知県名古屋市熱田区三本松町101-20 |
|---|---|
| 電話番号: | 0570-008-110(ナビダイヤル) |
| 交通: | 名鉄神宮前駅より徒歩4分、JR東海道本線熱田駅より徒歩7分 |
2026年 秋 RENEWAL OPEN
名古屋市博物館
名古屋の歴史を未来へ。進化する都市ミュージアム
現在、大規模改修中の「名古屋市博物館」は、2026年秋にプレオープンを迎える。拡張された展示空間には、映り込みが少ない低反射ガラスや高演色LED照明を採用し、より快適な鑑賞環境へと刷新される。館内のバリアフリー化や前庭整備も進み、利便性と居心地の良さがさらに向上する。プレオープンの皮切りとなる特別展では、豊臣秀吉やリトアニアの歴史・文化を紹介。その後、再び工事に入り、常設展を含めた全館、続いて東館と順次オープンする予定だ。名古屋の歴史・文化を発信する中核拠点としての役割に加え、都心への高いアクセス性を生かした、市内回遊のハブとしての機能も期待されている。
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名古屋市博物館提供 ※画像はイメージです
まちづくりのプロが語る、名古屋エンタメの新時代
動線が変われば、街の楽しみ方は広がる
文化経済・文化政策の専門家として、名古屋のまちづくりに携わってきた古池嘉和氏。都市の動きが変わりつつある今、街の楽しみ方はどう広がっていくのかを語ってもらった。
名古屋学院大学
現代社会学部教授
古池嘉和氏
2026年にホールやスタジアムといった文化施設が一斉に整備されるのは、名古屋にとって非常に大きな転換点です。これまで〝消費する文化はあるが、創造する拠点が少なく弱い〞と言われてきましたが、ようやくその地盤が整い始めたと感じています。一方で、名古屋には製造業中心の都市という背景があり、夜が早く、ライブ文化やナイトライフが育ちにくいという課題があります。例えば現在の劇団四季は観劇後に立ち寄れる場所が多くないですが、移転によって動線が広がれば、観劇と街歩きが自然につながり、街に滞留する時間が生まれていくはずです。
2026年10月にはアジア・アジアパラ競技大会も控えており、スポーツがエンターテインメントとして機能しやすい環境が整います。これによって人の流れが変わり、文化の利用者層も変化していく可能性があります。ただし、最終的に街を動かすのは〝ソフト〞であり、魅力あるコンテンツが生まれれば、都市の空気は大きく変わります。
これまで名古屋の中心は、名古屋駅から栄へ続く〝東西軸〞でしたが、名城公園から熱田へと〝南北軸〞が強まりつつあります。文化拠点が点ではなく面としてつながり、〝十字から円へ〞と広がる都市構造がようやく見えてきた。名古屋は派手ではありませんが、静かに成熟する文化都市へ向かう大切な時期に入っています。