「パティシエ起業家」と呼ばれることへの気持ちを尋ねると……「柔らかいイメージのパティシエとしてはマイナスかもしれませんね。起業家としては、新規事業などをお考えの方には届きやすい名前かなとも思いますし、新たなご縁に繋がる可能性もあるので、ほとんど未知のジャンルですが、あっても良いネーミングなのかなとは思っています」

パティシエは単にケーキを作る人ではなく、誰かの幸せを作る、幸せ職人のようなもの。そういう仕事であることを未来に伝えていけるパティシエでありたいと思っています。

パティシエとして多くの実績を残しながら、パティシエの新たな働き方を提案する会社を設立するなど、「パティシエ起業家」の異名を持つ林巨樹さん。新たな試みである会員制パフェバーの成功を追い風に、次なる展開を目指す。

Text_MASUMI NAITO.
Photographs_HISHO HAMAGAMI.

PROFILE

林巨樹（はやしおおき）

千葉県生まれ。エコール辻東京卒業後、同校教員を経て19歳でパティシエ修行のため渡仏。帰国後の2018年に国内の洋菓子コンクールで最年少入賞を果たす。2020年に飲食業界の新たな働き方の提案・改善に取り組むため株式会社Brossを設立。同年、会員制パフェバー Remake easy 1号店を渋谷に出店し、以降名古屋、札幌と次々に展開。2023年12月に新宿店を新たにオープンさせた。

人を幸せにした成功体験が
パティシエとしてのDNAに

国内トップクラスのパティシエ×起業家として知名度を高めている林巨樹さん。パティシエの道に進むきっかけは、10歳の時に初めて口にしたマカロンの衝撃だったという。

「それまでおやつは『うまい棒』で十分に幸せだったんですが、ある日マカロンを口にして、価値観が覆されてしまいました（笑）。当時の僕には高価なマカロンは高嶺の花。ならば自分で作ってみようと思い立ち、クラスのみんなに贈りました。すると黄色い歓声が沸き上がったんです。一つの食べ物で多くの人を楽しませ幸せに出来たこの体験で、パティシエへの想いが一気に高まりました」

「食」というものは、モノとコトを使ってヒトとヒトを繋げる「コミュニケーション」なのだと、林さんのＤＮＡに刻み込まれた瞬間だ。

若さのバリューと価値観で
イノベーションに挑み続ける

フランスでは10代から活躍するパティシエが多いが、日本では10年間は修行。独立して活躍するのは30代以降というのが既定路線だという。

フランス修行から帰国して以降、林さんはそんなパティシエの職業慣習に疑問を抱き、もっと前向きで自由な働き方を目指すべきと活動を始め、その取り組みを発信すべく起業。会員制パフェバーという新形態の店舗「Remake easy」も、その一つの表現、業界へのアンチテーゼなのだという。

「一等地の路面店でないと成功できない。そんな固定概念に囚われたパティスリーのビジネスモデルは持続可能ではないと考えています。魅力的なヒト・モノ・コトがあれば集客はできる。この考え方を貫き、住所非公開×雑居ビルの空中階×完全会員制のRemake easyを立ち上げました」

その思惑は見事的中。クラウドファンディングでの資金調達は想定額を大きく上回り、販売する会員権は数分で完売する人気ぶりだ。

「Remake easyの名は、アメリカの禁酒法時代に隠れてお酒を飲み、会話を楽しむ場所だったバー『スピークイージー』をイメージしてのものです。その背徳感漂う秘密の場所という世界観とともに、食によるコミュニケーションの生まれる場所にしたいという思いを込めました。食材にこだわり、農家に還元し、スタッフが気持ちよく働ける環境を整え、パーフェクトなサービスでお客様に最高のご満足を提供する。そういうサイクルを生み出して、美味しいものを未来に残せるサステナブルなコミュニケーションを作りたいんです」

そのRemake easy 4店舗目となる新宿店を昨年12月にオープンさせたばかりの林さんだが、既に次なる野望を計画中だという。

「〝時〞を楽しむという日本の侘び寂びの感性を加えた、Remake easyよりもランクの高い店舗を京都祇園で計画中です。フランスからパフェが伝わって約70年。今では日本特有の食となったパフェを自分なりに再構築して、逆にフランスや海外の方にも楽しんでいただける、新たなカルチャーを提案したいと考えています」

林さんのDNAは、早くも次なる「食」のイノベーションを求めているようだ。