アートは心を豊かにするだけでなく、人生をも豊かにしてくれる。ここ数年、アート業界は盛り上がりを見せている。家で過ごす時間・空間に彩りを与える大切な要素としてだけでなく、価値ある資産として保有したいと考える人も増えてきた。しかしまだまだ、「アートの楽しみ方が分からない」、「購入してみたいが敷居が高い」などと敬遠する人も少なくないのでは。そこで、アートにもっと親しんでいただくために、気軽に読めるアート業界のトレンドやニュースを連載形式でご紹介したい。ぜひご一読を。
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超現代アートの急成長|4つの注目ポイント
「超現代アート(1974年以降に生まれたアーティストによる作品)」は、アート市場において他のどの分野よりも大きく急成長している。パンデミックによる世界的な不況にもかかわらず、新しいアートの需要が高まっているのはなぜだろうか?
本記事の前半では、モルガン・スタンレーによるArtnetのデータの考察をもとに、超現代アートが市場でどのように成長しているのかを探る。後半では、オークションハウスを始め、ギャラリーや美術館などアート市場を取り巻く環境が、超現代アートをめぐる状況をどのように捉えているかを見ていく。(記事中のレートは1ドル=130円で換算)
この10年で超現代アートはどのくらい成長したのだろうか。Artnetのレポートから、4つのデータに注目して探っていこう。
1. オークションにおける売上高が2019年以降305%増加
超現代アートのオークション総売上高の推移(2013年〜2021年)
出典:https://news.artnet.com/
超現代アートは過去10年間で大きく成長したが、とりわけ2019年以降の飛躍は著しい。以前のピークは2014年で、全世界の売上高は約1億5,900万ドル(約206億7,000万円)と、前年の約1.7倍だった。そこから数年間あまり変化がなかったが、2019年に1億8,340万ドル(約238億4,200万円)まで増加。2020年に2億5,640万ドル(約333億3,200万円)に膨れ上がり、さらに2021年には7億4,220万ドル(約964億8,600万円)に達した。2019年以降の増加率は、なんと305%にもなる。上のグラフの傾斜を見れば、爆発的な伸びであることがわかるだろう。
2. アメリカと中国の2強、3位イギリスとの差が拡大
地域別の売上高推移比較(2013年〜2021年)。濃い黒から順に、アメリカ、中国、イギリス、日本、韓国 出典:https://news.artnet.com/
世界的に超現代アートの存在感が増しているとはいえ、近年の売上高の増加を支えているのは2つの圧倒的な市場だ。2021年時点で、全体の売上高の約8割をアメリカと中国の市場が占めている。 2018年までは、アメリカ、中国、イギリスの3市場がほぼ均衡を保っていた。ところが2019年以降に差が拡大し、1位の中国と3位のイギリスの差は6,000万ドル(約78億円)近くと、以前のピーク時である2014年頃の約3倍に。2021年には1位のアメリカと3位のイギリスの差が2億2,500万ドル(約292億5,000万円)まで広がった。一方、アメリカと中国の間には大差はなく、この2ヶ国への集中が決定的なものとなっている。
3. NFT作品による最高価格帯売上の急増
オークション出品作品の価格帯ごとの売上高推移(2013年〜2021年)。濃い黒から順に、0〜1万ドル、1万〜10万ドル、10万〜100万ドル、100万〜1千万ドル、1千万ドル以上 出典:https://news.artnet.com/
オークションの売上は、売上高全体が大きくなればなるほど、最上位の価格帯の作品に販売が集中する傾向にある。超現代アートのオークションで100万ドル〜1,000万ドルの価格帯の作品が初めて落札されたのは、前回のピークである2014年。以降、その価格帯の作品がゼロとなった年はなく、2018年からは高額作品の割合が目に見えて大きくなっている。
売上高が過去最高を記録した2021年には、1,000万ドル以上の「トロフィーロット」と呼ばれる価格帯の作品が登場。この価格帯だけで1億2,270万ドル(約159億5,100万円)の売上があり、2013年の全体の売上を上回っている。なお、この最高価格帯の売上の全てが、Beepleの作品やBAYC(Bored Ape Yacht Club)など、NFTクリエイターによるものだった点にも注目したい。
4. 7年間で上位アーティストがほぼ総入れ替わり
超現代アーティストの売上高上位10名。上:2013〜2014年、下:2020〜2021年 https://news.artnet.com/ をもとに作成
人気のアーティストが激しく入れ替わることも、市場における超現代アートの特徴だ。2013年〜2014年と、2020年〜2021年の売上高トップアーティスト10名を比べると、両方に名前が挙がっているのはエイドリアン・ジェニー(1977年ルーマニア出身)のみ。その他9名はすっかり別の顔ぶれとなっている。BeepleやYuga Labs(BAYCのクリエイタースタジオ)が入っていることからも、トレンドに乗った新しいアーティストに需要が集中しているのがわかる。
アート市場を取り巻く環境|超現代アートをどう見る?
上述のように超現代アートが躍進する中で、アート市場の関係者は現状をどう捉え、どのように動いているのだろうか。オークションハウス、アートフェア、ギャラリー、コレクター、美術館それぞれの変化を見ていこう。
オークションハウス
パンデミックの影響で一時的に縮小したアート市場だが、2021年にはどのジャンルでもパンデミック以前の水準以上に回復した。中でも急速に成長しているのが、超現代アートを含む現代アートである。
世界三大オークションハウス(サザビーズ、クリスティーズ、フィリップス)の2021年の超現代アートの売上は、2020年比で222%の大幅増となった。ここには従来の媒体に加え、NFTアートが含まれている。3社の中でも、トップはNFTの取り扱いに最も熱心に取り組んでいるクリスティーズで、年間売上高は2億8,220万ドル(約366億8,600万円)にのぼる。
次点につけるサザビーズは、2021年11月、過去20年間に制作された作品に焦点を当てたオークション「The Now」を初開催。成功を収め、2022年3月、5月と同カテゴリーのオークションを続けて開催した。
Cinga Samson《Two piece 1》(2018) 2021年6月のフィリップス・ニューヨークで、予想落札価格の10倍以上となる37.8万ドル(約4,914万円)で落札された。 出典:https://www.phillips.com/
オークションにおける超現代アートの特徴として、NFTアートの台頭に加え、多様性の受容が挙げられる。2014年に起きた前回の現代アートブームにおいて、もてはやされたのは専ら男性の抽象画家たちだった。しかしここ数年、具象画を手掛ける女性や有色人種のアーティストが急浮上している。
2021年のオークションの超現代アーティスト上位25名中、9人が女性、10人が有色人種(うち2名が女性)だった。シンガ・サムソン(Cinga Samson:南アフリカ、1986年-)、イシャク・イスマイル(Isshaq Ismail:ガーナ、1989年-)などアフリカ人アーティストの作品も高騰しており、オークションでの売上高は過去2年で434%増加している。
アートフェア
従来若手アーティストの紹介に注力してきたアートフェアだが、近年さらなる変化を遂げている。たとえばアート・バーゼルやフリーズ、FIACなどの世界的なアートフェアでは、若手ギャラリーの負担を軽減するため、累進価格システムや割引制度を導入するなど出展料を改訂。
アート・バーゼル・マイアミビーチでは、過去3年以内に制作された作品に限定したセクション「Nova」を設置 出典:https://www.artbasel.com/
アート・バーゼル・マイアミビーチでは、従来は開廊3年以上としていた応募資格を撤廃した。同フェアでは、2021年からNFTに特化したセクションも設けている。主催者によれば、出展者、アーティスト、客層の多様性を高めるためとされており、実際に2021年の開催では、それまでほとんどなかった黒人経営のギャラリーが16画廊参加した。
大手アートフェア以外にも、若手アーティストや新しいコレクターをターゲットにした中小規模のローカルフェアが開催されている。シンガポールのS.E.A.Focusでは、販売価格を650ドル(約84,500円)からとして意図的に価格を抑えたり、2016年からナイジェリアで開催されているアフリカ発の国際アートフェアART X Lagosでは、NFTマーケットプレイスと連携してデジタルアートのセクションを立ち上げたりといった試みが行われている。
ギャラリー
自身の作品の前に立つロイ・ホロウェル Loie Hollowell in the studio. © Loie Hollowell, courtesy Pace Gallery. Photo: Melissa Goodwin 出典:,https://news.artnet.com/
歴史あるメガギャラリーでも、実績のある一流アーティストに加え、今後に期待される若手アーティストとの契約を進めている。ニューヨークに拠点を置くペースでは、ロイ・ホロウェル、ロバート・ナヴァら1980年代生まれのアーティストを獲得。また、SNSの専門家を雇うなど若い世代への働きかけを強化した。ジャン=ミシェル・バスキアを発掘したガゴシアンではジョナス・ウッド、ハウザー&ワースではニコラス・パーティーなど、それぞれ超現代アーティストを紹介しており、新世代のスターが生まれている。
コレクター
NFTアートが話題になったことにより、コレクター層が拡大。NFTに限らず、トレンドの若手アーティストの作品需要が急速に高まる傾向にある。専門家からは「アーティストの作品価格が5倍になるのに、以前は何年もかかっていたが、今では1年以内に跳ね上がることもある」という声もある。
アート・バーゼルのレポート「Art Market 2022」によると、デジタルアートに多額を投入する少数の若手コレクターが全体の数値を引き上げており、ミレニアル世代(1980年代序盤〜1990年代中盤生まれ)の5%、Z世代(1990年代中盤〜2000年代序盤生まれ)の4%が、アート市場に年間100万ドル(約1.3億円)を費やした。
新世代コレクターは特にアジアで増加傾向にあり、香港のオークションで記録を更新している超現代アーティストたちの作品の多くは、45歳以下のアジアのコレクターに落札されている。
ウフィツィ美術館は所蔵する唯一のミケランジェロ作品《聖家族》(1507年頃)をNFT化して販売した。 出展:https://www.nssmag.com/
世界の有名美術館も、NFTアートの導入など、新しい時代のアートと新世代の鑑賞者を取り込むための方法を模索している。
イギリスの大英博物館は、葛飾北斎のデジタル画像やジョン・ウィリアム・ターナーの絵画20点をNFT化して販売。イタリアのウフィツィ美術館を含む4つの文化施設でも、レオナルド・ダ・ヴィンチなど巨匠の名画のデジタルレプリカを作成し、NFTとして販売した。他にもロシアのエルミタージュ美術館、オーストリアのウィーン美術館など、各国を代表する美術館が資金調達のためにNFTを活用している。
また、所蔵していた高価な絵画を売却し、代わりに女性や有色人種のアーティストの作品をコレクションに加えるという動きもある。アメリカのサンフランシスコ近代美術館は、20世紀に活躍した抽象表現主義の代表的作家マーク・ロスコの絵画を売り、その利益でバリー・マッギー、ミカレン・トーマスなど現代アーティストの作品を購入した。
クィア・アーティスト(LGBTに当てはまらない性的マイノリティ)の作品を古典美術と並べて展示するといった試みも登場しており、アート界の刷新が進んでいる。
アート市場を巻している超現代アート。従来、市場での価格はアーティストが実績を積んだうえで徐々に上がっていくものだったが、成長のスピードが速くなり、トレンドが目まぐるしく移り変わっている。5年前は誰も名前を知らなかったアーティストの作品が今や億単位で取り引きされているなど、誰が想像できただろうか。
NTFブームや、あまり認知されてこなかった地域のアーティストの台頭のように、これからも新しい動きが起こるだろう。アートがどのような新しい世界を見せてくれるのか、楽しみながら注目していてほしい。
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文:ANDART編集部
参考:https://news.artnet.com/market/morgan-stanley-intelligence-report-triumph-contemporary-2109417
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