igora｜九品仏

印象的なブルーの外壁に、重厚感のあるクラシカルなドア。扉を開けると広がる落ち着いた空間の奥、カウンターの向こうで腕を振るうのが、オーナーシェフの坂井務さんだ。

大学卒業後、一般企業に就職するも料理の道に進みたいとの強い思いで上京。渋谷のイタリアン「リストランテG」（現在は移転し、リストランテ ペガゾに改名）のサービスからキャリアを始め、1～2年周期で店を転々としながら努力を重ねた。

「周りのシェフに比べてスタートが遅いため、独立という将来を見据えながら経験を積みました。そして30歳になる前に現地で本場の料理を学びたいと思い、イタリアに渡ったんです」

現地では中部のトスカーナ、北東部のフリウリなどの都市を周って腕を磨いた。また渡航前にナチュラルワインに傾倒していたこともあり、フランスの生産者の元を訪れボランティアとして収穫の手伝いもした。

「レストランでの経験も貴重でしたが、ワイナリーで農作業の合間に出されたまかないの美味しさが衝撃的でした。自分の畑で育てた朝採れの野菜を塩やチーズなど最低限の調味料で味付けしただけなのに、今まで自分がお店で学んできたものは何だったのかと思うほどの驚きがあり、これこそが自分が求めていた料理だと思ったんです」

現在、全7品のおまかせコースのみを提供する坂井さん。大切にしているのは「食べ心地のいい料理」を提供することだ。

「一皿ごと、どの素材を軸に食べてほしいかを常に考えています。過度に調味料やダシを加えることはせず、生産者さんが『自分の食材が使われている』と分かるくらいに素材の味を引き立てるよう心がけています」

店名の「igora」は、イタリア語の「ignoranza（イニョランツァ：無知）」に由来しており、「いつまでも初心を忘れずに」という思いが込められている。厳選されたナチュラルワインとともに、食材と真摯に向き合った料理をゆったり楽しみたい。