以前、あるお客様から「主人とお酒を注ぎあい、模様の変化を二人で楽しむ時間も含めて選んだ」というお言葉をいただきました。自分たちは商品を選ぶ楽しさ、贈る楽しさ、贈られる嬉しさ、そしてそれを共有する喜びも提供できる商品を作っていると、改めて学ばせていただいたお言葉で、今も大事にしています。
美しいだけでなく、実際に使って、面白い――。
それが、『砂切子』を通じて僕たちが提供したい価値です。
東京の伝統工芸品の未来づくりを推進する「東京手仕事」プロジェクトで、2022年度の東京都知事賞受賞作品「蛇ノ目切子」の開発を手がけた椎名隆行さん。
“砂切子”という新たな技法を生み出し、江戸切子の新しい可能性を開拓し続ける。
Text_ATSUSHI NARUSE.
Photographs_HISHO HAMAGAMI.
PROFILE
椎名 隆行
1978年、東京都江東区生まれ。大学で不動産を学び、大手不動産サイト運営会社に就職。営業職として月間・クォーター・年間のトップセールス三冠を記録。2014年に起業し江戸切子プロデューサーとして活動を開始。2018年に法人化。今年9月に世界三大展示会の一つ「メゾン・エ・オブジェ・パリ」に出展するなど、海外へも江戸切子の魅力を発信。深川八幡祭りで神輿の仕切り役を務めるほか、さまざまな地域イベントも推進。趣味はムエタイ。
いまは亡き恩人の存在が夢を追う起業のきっかけに
江戸情緒湛える下町深川にありながら、近年トレンド発信地としての人気も高い清澄白河。その一角に硝子加工専門店「GLASS-LAB」はある。
「黙々と単調な仕事を繰り返す職人仕事は性に合わないと思って」。長男ながら家業の「椎名硝子」を継がずに、一般企業に就職した理由をそう語ってくれた椎名隆行さん。
「当時は家業に興味がなくて、グラスの側面や底を平面に切る父の技術が『平切子』という特殊なもので、この技術を持つ職人が現在日本に約10人ほどしかいないということも、起業後に知ったくらいです」
そんな椎名さんが硝子加工専門店を起業したきっかけは、会社員時代の恩師の存在だったという。
「いつも『男は夢だぞ』と熱く語る尊敬する上司がいました。その方が起業のために退職する際、家業を継いだ弟に頼んでメッセージ入りのビールグラスを作り贈ったんです。それをことのほか喜んでくれて。ですが、その方が数年後に亡くなってしまったんです。その出来事もあって将来を考えるようになり、自分もその方のように起業して『夢』を追おうと決心しました。自分に何ができるのか色々と考えましたが、その方にグラスを贈った時の喜んでくれた姿が忘れられず、心のこもったもの作りをしたいという思いだけは強く持っていました」
そして、事業の軸に据えたのが、椎名硝子が持つBtoB向けの硝子加工技術を転用し、個人向け商品を開発・販売するビジネスだったそうだ。
伝統工芸を後世に残すため、いまの時代にアジャストする
起業直後は何を作ってもなかなか売れず、試行錯誤が続いたという。そんな中で椎名硝子が持つ江戸切子の技術で桜の模様を彫ったグラスを作ると、これが反響を呼ぶことに。
「試作時に水を注いでみると、底に描いた桜が万華鏡のようにグラス全体に広がって見えたんです。光の角度で濃淡が出来て、その変化と美しさにとても驚きました」
弟の康之さんの硝子に砂を吹きかけ研磨・彫刻する「サンドブラスト」の技術は世界トップレベルと言われており、その技術と父康夫さんの平切子の技術を合わせて作ったのが、この桜のグラスだった。これが、江戸切子の新たな提案として注目を集める「砂切子」の始まりになる。
「会社のコンセプト『心を揺さぶる』には、砂切子の美しさで人の心を揺さぶるという思いを込めています」
今後は、他の伝統工芸にも携わっていきたいと話す椎名さん。
「父や弟のような卓越した技術を持ちながらも、あまり注目をされていない伝統工芸の職人さんが少なからずいらっしゃいます。そんな方々と時代にアジャストした作品を生み出すお手伝いができると良いですね」
「人のために尽くせば、それはいつか自分に返ってくる」。新旧の価値観が調和する義理人情の町で、そんな考え方を学んだという椎名さん。工房の窓際で、外光を浴びてキラキラと輝く作品たち。そのハッとするほどの美しい輝きこそが、椎名さんの作品に込めた熱い想いなのだろう。
- 「東京手仕事」で都知事賞を受賞した「和酒専用江戸切子 蛇ノ目切子」。側面18面カットはまさに匠の技だ。
- 最初の砂切子作品であり、今なお人気NO.1作品だというぐい飲みグラス「サクラサク」。
商品は工房とオンラインでの購入が可能。
GLASS-LAB株式会社
住所:東京都江東区平野1-13-11
TEL: 03-6318-9407