撮影協力:浅草ビューホテル アネックス 六区
座敷で客をもてなし、場を和ませ、人と人との縁をつなぐ──。
江戸時代から続く伝統芸能「幇間(ほうかん)」。その世界に憧れ、飛び込み、
現代に生きる芸として磨きをかける松廼家八好さんの魅力に迫る。
Text_IKUKO NODA. Photographs_TOMOKI HIROKAWA.
PROFILE

松廼家八好(まつのやはちこう)
1977年東京都生まれ。高校卒業後、お笑い芸人を志した後、日本におけるパントマイムの第一人者、佐々木博康さんに師事。「パフォーマンスシアター水と油」に参加。国内外で高い評価を獲得し、数々の賞に輝く。その後、幇間を志し2012年に櫻川七好師匠に弟子入り。修業を経て2018年より、松廼家八好を名乗る。現在は日本に6人のみという数少ない幇間の一人として、お座敷文化の継承と普及に力を注いでいる。「令和7年度花形演芸大賞の金賞」を受賞。
江戸時代より続く伝統芸能
〝間〞を滑らかにする「幇間」に
「幇間」をご存じだろうか。「太鼓持ち」「男芸者」とも呼ばれ、芸者衆とともにお座敷に入り、芸を披露しながら客をもてなす。
「幇間の正式な業種名は『酒間幇助業(しゅかんほうじょ)』。芸者衆とお客様の間、お酒と人との間、料亭とお客様との間を取り持ちます。例えばお客様が緊張して場の空気が重い時は、芸者のお姐さんとの間へ入って会話をつなぎ、芸で場を盛り上げる、そんな〝間〞を取り持つ仕事です」
八好さんが幇間に惹かれたのは20歳の頃。当時のテレビ番組で〝最後の幇間〞として紹介された悠玄亭玉介師匠を目にし、その立ち居振る舞いに心を奪われた。
「一挙手一投足が格好良くて、話す言葉に江戸の風が吹くような味があった。『こんなおじいちゃんになれたら最高だな』と思いました」
お笑いが好きで芸人を目指していたが、若き日のオーディションで「君はしゃべらない方が面白いね」と評されたことをきっかけにパントマイムの道へ。国内外での活動を20年続け区切りを感じた時、思い浮かんだのが玉介師匠、幇間の姿だった。
「パントマイムは、緻密に計算して積み上げた稽古を舞台で表現する芸術。対して幇間は、お客様との掛け合いもあり展開が読めません。常に臨戦態勢でいなければならない緊張感も、面白くて仕方ないですね」
パントマイムの修業時代に身につけた礼儀、場の空気の作り方など、身につけた全てが、幇間という生業の役にたっているという。
男に惚れさせてしまう
〝人たらし〞の秘訣
「松廼家八好でございます!」
大きく張りのある声が持ち味だ。瞬時に相手の警戒心を解き、一気に八好ワールドへと引き込む。コロナ禍には「困っていたら面倒を見るから遠慮なく言えよ」との連絡を幾人もの常連客からもらったほどの人たらし。しかし本人によれば、意外にも人見知りなのだという。
「人見知りだからこそ、人の立ち居振る舞いや言動をよく見て、まずは輪郭をつかみます」
お座敷は事前にお客様の情報がないことが多い。人柄やその場の空気を短時間で見極め、距離を縮めていく。
「基本は相手に『教えてください』と乞うことですね。自慢話でも趣味の話でも、まずは気持ちよく話していただける場づくりに努めます」
その上で、踊りや一緒に飲みたいといった要望に応えるのはもちろん、客の関心に合わせて話題を広げていく。そのために、歌舞伎や落語、講談といった伝統芸能の知識、世界情勢からエンタメまで幅広い情報の収集にも余念がない。
昭和初期には400人以上いた幇間も、現在はわずか6人。八好さんは「多くの人に幇間を知ってほしい」と、企業研修や寄席への出演、SNSでの発信など、活動の場を広げてきた。人を喜ばせること、話を聞くこと、場を整えること──。幇間という仕事とともに、〝人と人をつなぐ技術〞を次の世代へ受け継ごうとしているのだ。
Memorable Words
お客様も芸者衆も、みんなが自然に笑っている。
そんな空気が生まれた瞬間、
「ああ、いいお座敷だな」と思います。
お客様に浮世を忘れ、夢心地で過ごしていただくためには、芸者衆とタッグを組んだチーム戦が欠かせません。幇間は芸を見せたり場を盛り上げたり、時にはそっと気配を消したりと、空気を読んで〝間を幇(たす)ける〞。そのすべてがピタリとかみ合い、お座敷が一つになる瞬間がある。その快感は、何ものにも代えがたいですね。
「南京玉すだれ」を披露する八好さん。伝統的なお座敷芸には、ほか「かっぽれ」などがある。
幇間芸に欠かせない仕事道具。八好さんの扇子と手ぬぐい。

「浅草ビューホテル アネックス 六区」では、お座敷でしか見ることのできない舞踊と演奏を楽しめる「浅草芸者の踊り」を毎週水・金に開催。八好さんも定期的に出演し、芸を披露している。
浅草ビューホテル アネックス 六区