同じ日本酒を、形の異なるグラスで飲み比べてみる。すると、すっと輪郭が立って感じられる一杯があれば、口の中にゆっくり広がり、まろやかに感じられる一杯もある。酒は同じなのに、印象は想像以上に違った。
そんな体験ができるのが、東京・谷中の日本料理店「やなか風紡(つむぎ)」だ。この店で印象に残ったのは、料理そのものだけではない。「どう飲むか」「どう味わうか」まで考えられた、食事の楽しみ方だった。
グラスが変わると、首の角度が変わる
1日2組限定の完全予約制のこの店で客を迎えるのは、銀座の日本料理店などで研鑽を積んだ、店主の中井隆裕さん。日本酒や日本ワインなど国産の酒と料理のペアリングを提案している。今回は茨城の杜氏とともに仕立てた、オリジナル日本酒と形の異なる3種のグラスでその味わいの違いを味わった。
中井さんによれば、グラスの形によって口に酒が入る角度や広がり方が変わり、それが味の感じ方の違いにもつながるという。
特に違いがわかりやすかったのは、飲み口の細いグラスと、外側へ広がったグラス。細くすぼまったグラスでは、自然と顔を上げてグラスを傾けるため、酒がすっと喉へ届き、味わいもすっきりと輪郭が際立って感じられた。一方、飲み口が広がったグラスは、大きく傾けなくても酒が口に入る。舌の上から喉へとゆっくり広がり、同じ酒でもよりまろやかな印象になる。
グラスが変わるだけで、飲むときの身体の動きが変わる。だからその日の料理や気分に合わせてグラスを選ぶと、食事はもっと楽しくなる。それが中井さんの提案だ。


酒に合わせて、料理を組み立てる
中井さんの「食事を楽しむ」提案は、もちろん料理の工夫でも表現されている。名物「熟成とらふぐの藁焼き」は、中井さんの「日本料理にも赤ワインを合わせたい」という思いから生まれた一品。
魚特有の生臭さが出にくいとらふぐを、1週間から10日ほど熟成させて旨みを引き出し、提供直前に藁で一気に焼き上げる。表面に藁のこうばしさをまとわせながら、生に近い食感とみずみずしさが残され、香りと食感の対比が印象的だった。
料理に酒を合わせるだけではなく、酒との相性から一皿を組み立てる。その発想には、ソムリエ資格を持つ中井さんならではの視点がある。

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カウンター越しに、とらふぐを焼き上げる様子を間近で見られる。 -

身が固くなりすぎないよう火入れを調整し、藁の香りをまとわせていく。
食材、酒、器、そして庭。細かな違いに意識を向けると、一杯、一皿の感じ方まで変わっていく。
同じ日本酒がグラスひとつで違って感じられたように、「どう味わうか」まで楽しめること。それが、実際に訪れて見つけた「やなか風紡」の面白さだった。
カウンターの先に庭がある。
その奥行きも、食事の一部
「どう味わうか」を考える仕掛けは、実はグラスだけではない。実際に訪れて、もうひとつ印象に残ったのが空間だった。千駄木駅からほど近い谷中の一角に佇む同店。入口を開けると正面奥に庭が見える。カウンターの先まで視線が抜け、料理人との距離は近いのに、空間にはゆったりとした奥行きが感じられる。
中井さんが独立に向けて物件を探していた頃、台東区内を歩いていて偶然見つけたのが現在の場所だという。当初は飲食店不可だったが、庭を含めた空間に惹かれて大家に直接相談し、承諾を得た。
窓の先に広がる庭の名は「想石庭(そうせきてい)」。夏目漱石の小説『三四郎』にゆかりがあるとされる土地にちなみ名付け、季節ごとの表情を楽しめる。カウンターの真横に庭が広がることで、店内にも自然の気配が入り込み、都心のビル内のレストランとはまた異なる、ゆったりとした空間をつくり出している。
店内はカウンター7席のほか、6名まで利用できる完全個室も備える。1日2組限定という営業スタイルも相まって、酒や料理の変化を確かめながら、ゆっくり過ごしたくなる空間だった。

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四季折々の表情を見せる「想石庭(そうせきてい)」。
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6名まで利用できる完全個室。
店舗情報
やなか風紡(つむぎ)
住所:東京都台東区谷中3丁目4-9 tomoss1階
アクセス:東京メトロ千代田線「千駄木駅」から徒歩約3分 「日暮里駅」から徒歩約8分
営業時間:火〜土曜 17:30〜22:00 定休日:日・月曜 席数:カウンター7席、個室(6名まで) 予約:完全予約制・1日2組限定 TEL:03-5842-1221
コース やなか19,800円、はつね27,500円 ※当日受付16時まで (国産ペアリング +7,700円)※すべて税込

