日本M&Aセンターの創業以来、数百件のM&A成約に携わり、「中小企業のM&Aノウハウ」を確立した業界の第一人者、三宅 卓氏。中小企業の成長を支援し、地方と日本の創生を目指すために、M&Aをいかに活用していくかを聞いた。
PROFILE
日本M&Aセンターホールディングス
代表取締役社長 三宅 卓さん
1952年、神戸市生まれ。日本オリベッティを経て、1991年日本M&Aセンターの設立に参画。2007年、副社長として日本M&Aセンターを東証一部上場に導く。 2008年に代表取締役社長に就任。2021年10月より日本M&Aセンターホールディングス代表取締役社長を兼務。2024年4月に日本M&Aセンター代表取締役会長に就任。
黒字廃業の中小企業を救う
M&Aという手段
三宅卓氏が株式会社日本M&Aセンターに参画した34年前、中小企業経営者にM&Aと言っても全く理解されず、「会社を売ったり買ったりすることです」と説明すると、「乗っ取り屋に用はないよ」とバッサリ。M&Aという言葉が一般的になった約15年前ですら、「会社を譲渡するのは恥ずかしいことだ」と考える経営者が多かった。それが今ではM&Aで事業承継を果たした経営者は、従業員から感謝されるのはもちろん、取引先からは「おめでとう」さらには「ありがとう」と言われるまでになった。それはなぜか。
「実際にM&Aによって事業承継した経営者は、会社を継続して雇用を守り、さらに成長への道筋をつけてくれた、と従業員や取引先から感謝されています。日本の中小企業・小規模事業者の経営者約245万人が、2025年までに70歳を超えると言われています。その約半数にあたる127万社は後継者が未定で、そのうち約60万社は黒字企業です。これほどの数の黒字企業が廃業を余儀なくされると、地域経済にダメージを与えるのはもちろん、高度な技術や価値あるものづくり、サービス、地域文化の担い手を失うなど、日本にとって大きな損失を招きます。これらを防ぐため、M&A当時者企業に対する補助金の交付や、譲受け企業への税制優遇などの施策が行われており、M&A業界には追い風が吹いていると言えます」
事業承継だけでなく
〝業界再編型M&A〞も増加
日本が抱える大きな社会問題の一つが人口減少と国内市場の縮小だ。2050年には生産年齢人口が約5000万人まで減少し、2070年には総人口が9000万人を下回ると推計されている。消費者数や労働者数が減少することにより、国内市場が縮小し、中小企業の成長や収益性に制約が生じる。さらには日本全体の経済規模の縮小やGDPの低下への悪影響も懸念される。
「中小企業の労働生産性と収益性は横ばい状態です。これらを向上させるには、設備投資、DXの導入、従業員のスキルアップ等が欠かせませんが、規模の小さな事業者にとっては実施が困難です。そのため政府は、生産性向上のために企業を集約し、業界再編を促進する方針を打ち出しています。これにより、今後〝業界再編型M&A〞が激増し、従来の〝事業承継型M&A〞とともに、マーケットが拡大していくと予想されています。また、現在の不透明な経済状況の中、事業継続に不安を覚える中小企業の経営者が、M&Aを活用したレバレッジ成長にシフトし始めています。かつては譲渡企業経営者のほとんどは70歳以上でしたが、最近は平均年齢が下がり、60歳未満が約4割を占めています。まだ若い経営者が、自らの会社の存続のために、M&Aを検討し、選択し始めているのです」
健全なM&A市場を創るための
取り組みも加速
M&Aの需要増加を見越し、M&A仲介事業者は近年急増している。しかし、中にはモラルや業務品質が低下している事業者も。M&A業界のリーディングカンパニーとして、どのような役割を果たすのか。
「業界全体の健全化に向けて、リーダーシップを発揮していくことです。また当社が理事を務め2021年に発足した一般社団法人M&A仲介協会を、今年の1月1日に名称を一般社団法人M&A支援機関協会と改めました。M&A仲介事業者だけでなく、FAやM&Aプラットフォーマー、金融機関、士業などが会員となれる業界団体を目指していきます。協会では、自主規制ルールやM&Aアドバイザー資格制度の検討を進め、不適切な譲受け企業の『特定事業者リスト』を会員に共有しています。これにより、適正・公正なM&A取引を促進していきます」
地方にスター企業を誕生させ
地方創生を実現
中小企業の存続と発展のために長年注力してきた三宅氏は、日本の将来にとって地方創生の実現が急務であると強調する。
「地方の企業や自治体が人材不足なのは事実です。しかし、自分が輝くことができ、地域のためにもなると思えるスター企業があれば、優秀な人材は地方に集まるはずです。スター企業を育成することが地方創生には不可欠と考え、2018年1月に日本投資ファンド(J-FUN)を設立しました。当社がM&A仲介事業で培った開拓力や企業支援経験と、日本政策投資銀行の豊富なファンド事業経験や資金力を融合させ、プライベートエクイティファンドを中心に中小企業の成長発展と地域活性化を支援しています。
また、経営を目指す個人(サーチャー)が、ファンドを通じて出資者の支援を受けながらM&Aを行い、自ら経営に携わるサーチファンドという仕組みがあります。当グループは各地の地域金融機関と連携し、このサーチファンドを地域特化型で展開していく「J-search(日本サーチファンド)」を設立しました。小型サーチファンドを地域金融機関と共同で設立し、地域や中小企業に熱い想いを抱くサーチャーを各地域の譲渡希望企業と引き合わせるのです。これにより、事業承継問題を解決し、優秀な経営者を地方に送り込むことができます」
三宅氏は企業の大きな成長のため、譲受けやIPOによるレバレッジ戦略の必要性を強く訴える。日本M&Aセンターも上場することでレバレッジをかけて急成長してきた。同様の成長モデルを地方の企業に応用することでスター企業の創出が実現できると考え、上場を目指す地方の有望企業を後押しするために「J-adviser」※を2019年7月に取得した。
※東京証券取引所から付与される「TOKYO PRO Market」特有の資格。上場準備のサポートや上場審査、上場後のモニタリングといった業務を委託される。
金融機関、会計事務所との
強固なネットワークが強み
日本M&Aセンターは、2023年度に売上高441億円、経常利益165億円を達成。過去14期連続で増収を続け、M&Aの累計成約件数は9500件超にのぼる。他を圧倒する同社の強みは何か。
「最大の強みはネットワークの広さです。M&A仲介の鍵は優良な企業を見つけること。創業以来築き上げてきた、中小企業の経営者と太いパイプを持つ金融機関、会計事務所とのネットワークから、多くの譲渡希望企業が紹介されます。それらの企業に対してベストマッチな相手企業を見つけるためには、地理的条件や業界を限定することのない幅広い選択肢が必要です。当社は1051の会計事務所、97の地方銀行、220の信用金庫と提携するほか、野村證券や大和証券、三菱UFJ銀行などの大手金融機関とも戦略的な協業を進めています」
ビジョンの実現には社員との
コミュニケーションが必要条件
日本M&Aセンターは業界一の成約件数を誇る。同社が目指すのは中小企業の存続と発展であり、M&Aはそのための手段である。M&Aを成約させることに多くの時間とエネルギーが費やされると思われがちだが、実はその後のPMI(M&A成立後の経営統合プロセス)にウエートを置くことが最終的な成功につながると三宅氏は強調する。
「譲渡企業は商品ではありません。企業は人が人生を紡ぐ場であると考え、経営者、従業員、その家族の想いをつないで、M&A成約から成功、そして成長するまで伴走していきます。当社はPMIの始まりである成約式を重視しており、成約式を執り行う専門部隊・M&Aセレモニストが一流ホテルレベルの格式ある演出を行っています。譲渡企業の社長のご家族が、長年の苦労をねぎらい感謝の気持ちを伝える手紙を読み上げ、社長が思わず涙を流す場面にも数多く出合いました。また譲受け企業の経営者はこの様子を見て、その企業を引き受ける責任と使命感を新たにするのです」
M&A成約から成功、成長まで
企業に寄り添い伴走する
経営者は事業の将来像を具体的に描き、会社の「なりたい姿」をビジョンとして明確化することが大切だと言う。
「行き先の分からない船に乗る社員はいません。会社が3年後、5年後、10年後どうなるかのビジョンを明確に示さなければなりません。しかしビジョンを実現するためには、コミュニケーションが必要。私は会社の方向性や社員に求める行動指針を共有するために、毎月『Letter of President』というA4サイズ8枚程度のレターを全社員に送っています。その1週間後に全体会議を開き、ランダムに社員を指名して、その内容要約と、それに対する意見を発表してもらいます。社員は熟読し、大変な緊張感を持って全体会議に臨みます。さらに私から40分かけて補足説明することで会社の方向性を全社員に共有しているのです」
このように徹底してビジョンを伝える一方、三宅氏は社員の声を聞くことも大切にしている。2020年頃までは、泊まり込みで合宿を行っていた。
「私はファシリテーターとして現場で起こっていることや改善策を聞き、社員同士でディスカッションさせます。良い提案があれば速やかに実行するので、社員一人ひとりに会社を変革する当事者としての意識が芽生えます。日中と夜、合計6時間のセッションを年間45回、約5年間実施しました。今は社員が1000名を超えたので中堅社員を対象とした合宿を年間30〜35回行い組織全体のパフォーマンスを上げています」
3KMによる自己実現を目指す
社員の力でビジョンを実現
三宅氏は社員に「ビジネスアスリートたれ」と呼びかける。それも、オリンピアンのような頂点を目指すアスリートだ。常に現在の自分を超えて成長していきたいと願うハングリー精神を持つ人材は、同社の大きな力だ。
「会社と家庭と個人(3K)をどうマネジメント(M)していくのかという3KMで社員の動機づけを行っています。例えば、何歳の時に家を購入するか、子どもにどのような教育を受けさせたいか、そのために必要な年収は、取得すべき資格は、など具体的な目標を立て、そのために必要なアクションプランを考えさせます。会社は顧客、株主、社会のために存在するだけでなく、社員の自己実現の場です。それをかなえるために仕事に邁進すれば、より生産性が向上します。さらに、会社と個人のビジョンの方向性をきっちり合わせることができれば、社員の力をビジョン達成のために無駄なく活用できるのです」
favorite motto
石持て石を! 自らの偶像に!
自分の創ってきた世界を石で叩き壊して、前進することを常に考える。成長する企業において「自己革新」こそが最も重要だと確信している。自己の成功体験を破壊することは大きなストレスだが、それに固執するのは経営者のわがままであり、エゴである。
苦手意識を克服、トップ営業に
分林名誉会長と再会し会社創設
三宅氏の経歴を見てみよう。大阪工業大学工学部卒業後、コンピュータ販売を行う日本オリベッティに就職。ソフト開発に1年間従事し、望んでいない営業部に異動した。今の三宅氏からは想像もできないが、当時は話すことが不得意だと思っていたそうだ。
「苦手意識を克服するため、提案書に具体的な実例を盛り込み、それを見せながら説明するようにしました。やみくもに商品を売り込むというより、顧客の持つ課題を解決するソリューションを提案するアプローチを徹底したのです」
その結果、売上トップの成績を上げ、やがて『日本を支えるトップ営業マン』としてビジネス誌に取り上げられるようになった。ビジネスマンとして順風満帆の中、日本M&Aセンターの立ち上げに関わったきっかけは何だったのか。
「日本オリベッティ営業部の元上司で、退職していた分林保弘さん(現・日本M&AセンターHD名誉会長)が、会社を創設すると聞き、会いに行きました。M&Aはまだ一般的ではありませんでしたが、面白そうだと思い、『私にも手伝わせてもらえませんか』とお願いしました。すると分林さんは『俺が東をやるから、お前が西をやってくれ』と。それが始まりです」
多彩な趣味のトップリーダー
嫌いなことに時間は使わない
多忙を極める三宅氏は、どうやって時間を捻出しているのかと首をひねるほど多趣味で知られる。中学生の頃から熱中した音楽は、聴くだけでは飽き足らず、45歳頃からベース演奏を始めた。現在も音楽のアイデンティティが違うメンバーが集う「NOCOBA(ノン・コンセプト・バンドの略)」で音楽活動を続け、ライブも行っている。
高校時代はドキュメンタリーカメラマンに憧れ、ロバート・キャパ、アンリ・カルティエ=ブレッソンらが結成したマグナム・フォトのメンバーになることが夢だった。プロカメラマンになる夢はかなわなかったが、最近は往年のライカのレンズをデジタルライカに装着して楽しんでいる。
65歳から始めたゴルフは、ビジョン経営のプロの性か、まず「名門といわれるゴルフ場の会員になる」「年間30ラウンド以上」「安定してスコア100を切る」と3つのビジョンを設定し、目標に向けて突き進んでいる。新しいゴルフ仲間と知り合うのも、知らないゴルフ場に行くのも楽しみだと言う。毎朝5分のスイングは欠かさない日課。
早朝ミーティングがない日は、朝からプールで泳いでいるというから驚きだ。効率的に時間を作り出すコツを聞くと、「嫌いなことをしないだけ」と子どものような笑顔を見せる。嫌いなのは書類の整理と掃除で、デスクの両サイドに積まれた書類が一定の高さになると、秘書が速やかに処理するそうだ。
62歳で大病を患ったため、健康管理には気を配る。大切にしているのは睡眠だ。最新機器を使って、睡眠の質チェックも怠らない。
「頭と心と体、全てを疲れさせないと不健康になる。仕事でストレスをためている人はよく眠れないと言うが、実は体を使っていないことが多い。そんな人には、会社の帰りにプールで1000mくらい泳いで、コンビニでビールを買って風呂上りに飲めば、ぐっすり眠れるぞ、とアドバイスしています(笑)」
-
小学生の頃から音楽が好きで、中学生になるとクラシックとジャズに夢中になり聴き入った。今もレコード、オーディオ、楽器、バンドと音楽三昧の生活を送っている。一度実現したブルーノート東京でのライブに、引退前にもう一度トライしたいと意気込む。
ビジネスで成長するには
振り子を振り切れ
三宅氏は社員に「振り子を振り切れ」とよく言う。
「仕事と趣味、仕事と家庭、クールヘッドとウォームハート、芸術とスポーツ、というように異なる2つの要素のバランスをうまくとる。その時小さくバランスをとるのではなく、例えば仕事に120%没頭しながら、家庭も120%大切にする、というように振り子の振り幅を大きくすることがビジネスマンには必要だと、社員に話しています。振り子が大きく振れ出すと、やがて大きな球体になり、それがビジネスパーソンの器になるのだから」
仕事も趣味も楽しみ、冷静で緻密な側面とプラス思考でおおらかな側面があり、傾聴する姿勢と自分の信念を貫く意志の強さをあわせ持つ、経営者・三宅氏はまさに〝大きな球体〞の人だ。
-
日本M&Aセンターホールディングス
1991年、全国の公認会計士・税理士が中心となり創業。2006年10月M&A支援専門会社として初の東証マザーズ上場。わずか1年2ヶ月後の2007年12月東証一部上場。2016年からは海外拠点、グループ会社の設立により事業規模を拡大、M&A総合企業へと進化。2021年、創業30周年を迎え、「世界No.1のM&A総合企業」の実現に向けさらなる発展を遂げている。