「睡眠負債」という言葉の流行で、今や健康関連情報のトレンドワードになっている「睡眠」だが、睡眠不足をはじめ、私たち日本人は睡眠への不満率が非常に高い国民だといわれている。
快眠を得ることで、人はより高いパフォーマンスを発揮できる。そんな研究結果も出てきている今、私たちは睡眠についてもっと理解を深め、睡眠力を高めていく必要があると思う。
睡眠を改善してパフォーマンスアップ 世界でも低水準な日本人の睡眠事情
INTERVIEW
睡眠改善インストラクター・睡眠健康指導士 上級
お話をうかがったのは
國井 修さん
睡眠のプロとして、快眠のためのセミナーや講演会、快眠グッズの開発など、睡眠に関する様々な活動をおこなっている。快適な眠りを提案する上質睡眠専門店「オルハ」立ち上げ責任者として、お客様へのコンサルティングやサポートにも従事。
日本人の半数近くが睡眠不足という現実
みなさんはどの程度自分の睡眠に満足しているだろうか? 昨年来「睡眠負債」という言葉が話題となり、睡眠に関心を持たれている方は多いと思う。しかし、世界的にみると日本は、「不眠大国」といわれるほど睡眠に対して意識が低いとされているのだ。OECD(経済協力開発機構)が2009年に発表した加盟国の平均睡眠時間調査によると、日本は7時間50分でワースト2位の短さで、2014年の調査ではさらに7分短くなっているそうだ。その実情は成人の約4割が6時間未満という睡眠不足の状態で、年々悪化の傾向にあるという。睡眠不足は作業効率の低下や事故、病気などさまざまなマイナス要因につながり、その経済損失は3兆円を超えるともいわれる。では、いったい何時間眠れば最適なのか。そんな睡眠に関する疑問を、「睡眠改善インストラクター」「睡眠健康指導士 上級」という二つの資格を持つ睡眠のプロ、國井修さんにうかがってみた。
「最適な睡眠時間は人によって異なりますが、7時間から8時間眠る習慣があれば、大抵の方は昼間に眠くなることなく過ごせるはずです。翌日に眠くならない睡眠時間が、その方の最適な時間ということだと思います。
睡眠は質も大事なのですが、絶対量(時間)を確保できていないと、1日のパフォーマンスが低下してしまいます。例えば、アメリカの大学の研究では、6時間の睡眠を1週間続けると、身体機能は1日の徹夜と同レベルに低下するという結果が出ています。また、平均睡眠時間が6時間半ほどのバスケットボール選手11人に、8時間半の睡眠を約5週間続けさせたところ、シュートの成功率が約9%向上したというデータもあります。
人は睡眠によって、疲れや体内の老廃物を除去し、細胞の修復・回復を行っています。充分な睡眠が取れない状態では、この身体の活性化が充分に行われず、生活習慣病や認知症などの罹患リスクにつながることが分かってきています。睡眠にはま
だ解明されていない点も多いのですが、私たちはもっと睡眠に興味を持って、睡眠が私たちに与える影響をしっかり理解していけば、より快適な毎日を過ごせるようになると私は思っています」。
睡眠は健康をつかさどる身体に欠かせないメカニズム
例えば、1日8時間眠るとすると、1年で121日、人生80年で考えると人は一生でおよそ26年間を眠って過ごすことになる。それほど多くの時間を費やす睡眠に対して、日本人はこれまで少々無関心でいすぎたのかもしれない。その結果として、不眠大国と呼ばれるような状況になってしまっているのだろう。
「私たちの眠りをコントロールしている物質に、睡眠ホルモンと呼ばれる『メラトニン』があります。このメラトニンが脳から分泌されると人は眠くなり、朝メラトニンの分泌が弱まり目を覚まします。そして14〜16時間経つと再び分泌をはじめ、睡眠モードに入る。このサイクルが繰り返されています。メラトニンには疲労回復や細胞の代謝を促す効果があるので、メラトニンをしっかり分泌させることが良い眠り、健康維持につながるわけです。そしてこのメラトニンの分泌サイクルをコントロールしているのが体内時計です。体内時計は朝に陽を浴びることで時間をスタートさせ、陽が暮れて暗くなることで夜を認識し24時間のサイクルを刻んでいます。しかし、私たちは家の中、オフィス、コンビニなど、どこにいても常に明るい照明に囲まれて生活しているため、体内時計が夜を昼と誤認してしまう環境で生活しています。その結果メラトニンの分泌が弱まり、なかなか眠くならない、睡眠中に目が覚めてしまうといった状況を招いてしまうのです」。
快眠を得るためには、まずはこういった身体と睡眠のメカニズムをしっかり押さえることが必要だと國井さんは説明してくれた。
睡眠力を高めて人生を変える
規則正しい生活こそが快眠への近道
睡眠不足が及ぼす悪影響は理解できたが、すぐには睡眠時間を改善できない人も多いはずだ。國井さんは、時間の確保が難しければ先ずは質を上げる工夫をしてみてと話す。
「質を上げるポイントは、実は朝の行動にあります。先ほどお話しした体内時計は、正確に24時間を刻むものではないので、朝に陽を浴びてリセットさせることが必要です。晴れた日であれば15秒で良いので、目覚めたらまずは窓辺で朝陽を浴びてください。これで体内時計は一日を計測し始めます。
そして朝の行動で大事なものがもう一つ。朝食です。眠りをコントロールするホルモンのメラトニンを多く分泌するためには、たんぱく質を構成している体内で生成できない必須アミノ酸が必要なので、食事から摂取する必要があります。朝食で、豆や魚、肉、乳製品などに含まれる必須アミノ酸の一つトリプトファンを摂ることで、昼にはやる気や幸福感をもたらすセロトニンというホルモンを生成し、陽が沈み暗くなると、セロトニンがメラトニンを生成します。毎朝規則正しく食事をし、夜に明るい光を浴び過ぎないことで生体リズムを整え、眠りに欠かせないメラトニンを確実に確保するサイクルをつくるのです。ちなみに、メラトニンの生成に必要なセロトニンの働きを活性化させるには、①太陽の光を浴びる ②リズム運動 ③スキンシップなどがあります。特に、昼間のちょっと負荷のかかるリズム運動が効果的なので、ウォーキングやジョギング、階段の上り下りなどを行なえば、さらに良いと思います。ガムを噛んだり、深い呼吸を続けることも効果的です」。
睡眠のための工夫というと、つい夜眠る前の行動を想像しがちだが、朝の行動にポイントがあるというのはなかなか新鮮な発見だ。
自然に近い環境を作ることで身体をリラックスモードにする
「もちろん、夜の行動にも工夫は必要で、眠るための準備をすることが大切です。ポイントは、体内時計、深部体温、自律神経の3つを上手にコントロールすることです。
まず体内時計のコントロールですが、先の話の通り、夜だということを誤認させない工夫をします。遅い時間にコンビニなど明るすぎる場所に長居をしない、就寝時間が近づいたら、照明を暗めの間接照明や暖色系に切り替え、体内時計が夜であることを正しく認識できるようにします。そうすれば、メラトニンの分泌が促され、自然に眠くなる状態をつくれます。
次に、深部体温のコントロールです。深部体温は脳や内臓温度のことですが、深部体温が下がると人は眠くなります。私たちの身体はメラトニンが分泌されると深部体温が下がるメカニズムを持っているので、これを利用してより良い睡眠を得る方法が、入浴になります。深部体温は急激に下がるとより強い眠気につながるので、就寝の1時間くらい前に、体温より少し高い温めのお湯(40℃以下)で、20〜30分入浴します。この入浴で深部体温が上がり、眠くなる際の体温低下に落差がつき、より強い眠気を誘うことができるのです。熱いお湯だと深部体温が高くなり過ぎて、身体が緊張状態になってしまうので逆効果です。熱いお風呂が好きな方は、就寝の二時間前くらいの入浴を目安にすると良いと思います。そして、入浴後は身体を冷やさないようにしながら、とにかくリラックスできる環境を作り、一日の活動で緊張状態にあった自律神経を、休息の神経と言われる「副交感神経」に切り替えます。交感神経を抑制し副交感神経を優位にすることで、メラトニンの分泌を活発化させ、血管を拡張させて血流を良くすることで細胞の活性化を促し、より良い睡眠につなげます。副交感神経への切り替えは、基本体内時計が行っていますが、お気に入りのアロマや静かな音楽を利用すれば、よりスムーズな切り替えが行われます。ちなみに、アロマはラベンダーやオレンジスイートなど、音楽は自然の音を合わせたものがおすすめです。自然にある匂いや音に囲まれると、人はアルファ波と呼ばれるリラックスモードの脳波になり、自然に心地良い眠りにつけます」。
「規則正しい生活が大事」「寝る子は育つ」という話をよく聞くが、今回の話を聞いて、この言葉が睡眠と深く関わる実に理にかなったものであったのだと改めて気づいた。先人たちは、経験的に睡眠の重要性を知っていたのだろう。睡眠には、人が本来持つ力を取り戻すための、さまざまなメカニズムが隠されている。そして、その人が充分な力を発揮するためには、睡眠が不可欠なのだ。人生の3分の1もの長い時間を費やす睡眠には、私たちがまだ気づいていない、大いなる可能性が詰まっているのかもしれない。最適な睡眠を得ることで、私たちの生活は、もっと充実したものになるはずだ。