TOP MAGAZINE特集 知っててよかった身近な法律Q&A

知っててよかった
身近な法律Q&A

発行: 最終更新日:

従業員への対応、採用に関する問題、遺言書や相続手続き、酒に酔ってのトラブル等、
ビジネスシーンや日常生活で現実に起こりうる数々の問題。
最低限、知っておくべき法律知識は何か、専門家に解説してもらおう。

監修いただいたのは

西尾公伸さん
Authense法律事務所 弁護士 西尾公伸さん

第二東京弁護士会所属。中央大学法学部法律学科卒業、大阪市立大学法科大学院修了。弁護士登録後よりベンチャーファイナンスを中心とした企業法務に注力し、当時まだ一般的な手法ではなかった種類株式による大型資金調達に関与。さまざまな企業の投資契約、労務問題、企業危機管理、会社法務、M&Aなどを担当。ビジネスにおける新たな価値の創造を目指すパートナーとしてのみならず、事業の成長を企業と共に推進するプレイヤーとして、戦略的な法務サービスを提供する。

ビジネス編

Q.会社で得たノウハウを使って
副業する社員は懲戒にできる?

A.就業規則にそのような副業禁止の規定があれば懲戒にできる。

働き方の多様化などに伴って副業を希望する人が増えている近年、厚生労働省も「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を策定するなど、社員が希望に応じて副業できる環境を整備することが求められています。副業とは「本業とは別の仕事に就くこと」や「複数の仕事に就くこと」を意味しますが、本来、労働時間外の過ごし方は自由ですから、副業は原則として認めるのが適切です。

しかし、会社の正当な利益を確保するために必要な範囲であれば、会社は社員の副業を「禁止」または「許可制」とすることも可能です。例えば、労務提供に支障が生じる場合や、企業秘密が流出する恐れがある場合などです。

質問にあるような「会社で得たノウハウ」が企業秘密に当たる場合には、当該会社の秘密漏洩や顧客を奪うなどの点において、会社の利益を侵害する危険性が極めて高いため、このような副業を禁止することは認められるでしょう。ノウハウが企業秘密とまでは言えない場合でも、競合他社での副業で会社の利益を害する場合には、やはり同様に禁止できると考えられます。就業規則にこのような副業を禁止する規定があるにも関わらず社員が当該副業を行った場合には、懲戒の対象になり得ます。

なお懲戒するためには、就業規則に懲戒の根拠となる規定が定められていなければなりません。副業をする場合の届け出や許可の要否、どのような副業が禁止されるのかについて、厚生労働省が公表しているモデル就業規則など※を参考に、規定を整備しておくことがポイントです。

Q.会社都合の内定取り消し、
試用期間後の本採用拒否は可能?

A.どちらも「客観的に合理的」と認められる場合のみ取り消し可能。

内定とは、会社と内定者の間で将来の入社を合意すること。法的には、入社日を契約開始の時期と定め、それまでに内定取り消し事由が生じた場合には解約できるという内容の始期付解約権留保付労働契約が成立するとされています。

判例によれば、内定取り消しが認められるのは、内定当時知らなかった事実が判明し、それによる内定取り消しが客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認できる場合のみ。例えば重大な経歴詐称が判明した場合や犯罪行為をした場合には、内定取り消しが認められる可能性が高いです。一方、経営悪化による内定取り消しについての判例では、会社側に責任があるため整理解雇と同様に厳格に判断されています。会社都合の取り消しは、慎重に検討するべきです。

試用期間中の評価が低かった者の本採用拒否はどうでしょう。試用期間とは、本採用前の適格性判定のための期間であり、試用期間中に会社が社員を解雇(本採用を拒否)する権限を留保した「解約権留保付労働契約」が成立するとされています。判例によれば、本採用拒否が認められるのは、解約権留保の趣旨・目的に照らして客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であると認められる場合のみ。会社が十分な注意・指導をしていたとは認められないことを理由として低評価者の本採用拒否は無効と判断されているため、単に低評価者であるからと会社が自由に本採用を拒否することはできません。

内定取り消しや本採用拒否が無効の場合、社員としての地位確認および賃金請求や慰謝料などの損害賠償請求をされる場合もあり、慎重な対応が必要です。

Q.「パワハラで訴えます」と社員が申告…
取るべき行動は?

A.まずは事実関係の把握と裏付け資料収集でパワハラの有無を認定。

いわゆるパワハラ防止法(労働施策総合推進法のパワハラ防止に関する規定)により、その定義が法律に明記され、企業には、職場におけるパワハラ防止措置を講じることが義務付けられています。具体的には、職場におけるパワハラの内容・パワハラを行ってはならない旨の方針を明確化し、社員に周知・啓発する、相談窓口をあらかじめ定め、社員に周知するなどの措置を講じることが求められています。

パワーハラスメントとは法律によれば、「優越的な関係を背景とした言動」であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」により「労働者の就業環境が害されるもの」を指すとされており(いわゆる「パワハラ3要件」)、これを放置することは、被害者の心身の危険だけでなく、企業にも重大な経済的損失や社会的信用の失墜をもたらす恐れがあるため、企業には迅速かつ適切な対応が求められます。

社員から「パワハラで訴えます」という申告を受けた場合、企業としては、①申告者、加害者とされる社員、目撃者や関連する部署のメンバーなどから詳細に事情を聴取し、記録を残して、事実関係を正確に把握するとともに、並行して②パワハラや聴取事項を裏付ける資料(メール、音声データ、業務日報など)を証拠として収集し、③①と②の整合性を吟味して、上記3要件に該当するパワハラ行為の有無について事実認定を行う必要があります。仮にパワハラ行為があったと認定された場合には、④ハラスメント研修の実施や相談窓口の整備・拡充などの再発防止策を策定し、実施していかなければなりません。

対応にあたっては、会社の内部関係や状況に応じた専門的なアドバイスを提供できる弁護士に、初期段階で相談することをおすすめします。特に、申告内容が複雑な場合や、複数の社員が関与している場合には早期の相談が不可欠です。

Q.社員が有給休暇を取ろうとしない…
放置しても問題ない?

A.放置すると刑事罰の対象になることも。

社員が有給休暇を取ろうとしない場合、これを放置することは絶対にやめましょう。放置すると最悪の場合、刑事罰の対象となってしまう可能性があります。労働基準法39条7項は、年次有給休暇の取得促進に関する使用者の義務を定めています。この規定に基づき、使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与される社員に対し、毎年5日分について、基準日から1年以内に時季を指定して取得させなければなりません。そのため、社員の有給休暇未取得を放置することは同項に違反する可能性があります。また、使用者には「時季指定義務」もあるため、社員の有給休暇の取得状況を管理し、未取得が見込まれる場合には時季を指定して休暇を与える必要があります。使用者がこの義務を怠った場合、労働基準法違反として、30万円以下の罰金に処せられる場合があります(同法第120条1号)。

具体的な施策としては、①GWや年末年始など長期休暇シーズンに併せて有給休暇の取得を促す取得奨励日を設定する、②有給休暇を一定以上取得した社員に対して、さらに特別休暇を付与するなどのインセンティブ制度を設ける、③就業規則に明記し労使協定を締結することで、社員が保有する有給休暇のうち5日を超える分については、会社側が協定で定めた時季に付与することが可能となる計画的付与制度を活用するなどが考えられます。

社員が自ら有給休暇を取得しない場合に、企業側が放置することは法的リスクを伴うため、上記を参考に対応を検討することをおすすめします。

生活編

Q.お酒に酔って起こしたトラブル…
記憶が曖昧な場合でも責任がある?

A.「記憶がない」=「責任能力がない」ではないことを知ろう。

記憶がなくなるほどお酒に酔ってしまった状態で、自身が加害者として警察沙汰のトラブルを起こしてしまった場合、刑事責任を負うことになるのでしょうか。刑事責任を負うか否かについては、「責任能力」(事柄の是非・善悪を判断し、それに従って行動する能力)の有無が重要な判断ポイントとなります。お酒に酔っていた場合は、酔いの程度によって責任能力の有無の判断が左右されます。

酩酊状態は、単純酩酊、複雑酩酊、病的酩酊の3つに分類され、単純酩酊は完全責任能力(責任能力を肯定)、複雑酩酊は限定責任能力(一部責任能力を肯定)、病的酩酊は責任無能力(責任能力を否定)とされます。単純酩酊状態は、酔って足元がふらついたり、意識が朦朧としている状態を指します。この場合は、責任能力は完全にあったと判断され、刑事責任を負うことになる傾向が強いです。一方、病的酩酊状態は、飲酒量に関わらず、強い意識障害や幻覚によって心神喪失状態に陥った状態で、責任能力が否定され、刑事責任を負わないことになります。ただ、酩酊状態は「記憶がない」などと主観的に主張することで判断されるわけではなく、トラブル時やトラブル前の状態から客観的に判断されます。

お酒に酔ってトラブルを起こしてしまった場合、責任能力が否定され刑事責任を負わないと判断されるケースは極めて限られています。お酒を飲む際には、くれぐれも飲み過ぎないように気を付けましょう。

Q.認知症を発症した後に作成された
遺言書って有効? 無効?

A.作成時点で遺言者に「遺言能力」があれば有効。

認知症を発症すると、記憶障害や見当識障害、理解力・判断力の低下に加え、徘徊や暴力行為、幻覚などさまざまな症状が現れます。ただし、症状や進行の程度には個人差があり、日によって症状に波があることも珍しくありません。認知症と診断されたことを理由に契約などの法律行為が無効となるわけではなく、その有効性は、行為時点での行為の結果を正しく認識する能力の有無によって判断されます。法律行為と同様に、認知症と診断された後に遺言書が作成された場合でも、それだけを理由に無効となるわけではありません。遺言書の有効性は作成時点での遺言者の「遺言能力」の有無により判断されます。

遺言能力とは「遺言の内容を理解し、その結果を判断できる能力」のことです。遺言能力の有無は、遺言者の精神障害の存否、遺言内容の難易・合理性、遺言の動機・理由、作成に至る経緯、遺言者の年齢・健康状態やその推移、相続人との関係性などを総合考慮して判断されます。例えば、遺言当時82歳で認知症の疑いがあっても、遺言内容が複雑でなく、過去の発言と一致していたことなどを考慮して遺言能力を肯定した例があります。

認知症などで判断能力を常に欠いた状況にある方を保護する制度として成年後見制度があります。家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人の意思を尊重しつつ、財産管理や法律行為の代理、取り消しを行います。成年後見開始の審判を受けた方が有効に遺言をするための要件が民法に規定されており、判断能力が一時回復した時に医師2人以上が立ち会い、遺言をする時に遺言者が判断能力を欠く状態になかった旨を遺言書に付記して署名押印するというものです。

遺言の有効性を巡る紛争を防ぐには、早期に遺言書を作成し、判断能力が疑われる場合には医師の診断書を取得する、遺言の過程を録画で記録するなどの対応を取ることも一案です。

Q.家族が亡くなった後、故人の借金が発覚…
家族に支払い義務は?

A.マイナスの財産を引き継ぎたくないなら「相続放棄」か「限定承認」。

亡くなった方が残した借金は、原則としてその相続人が引き継ぎます。相続人は被相続人の財産に属する一切の権利義務を承継するため、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、借金や未払いの税金などマイナスの財産も引き継がなければなりません。

故人が残した借金を相続したくない場合、2つの対処法があります。

1つ目の方法は相続の放棄です。相続の放棄をすると、被相続人のマイナスの財産を一切引き継ぎません。プラスの財産も一切引き継がないので、プラスの財産よりもマイナスの財産が大きい場合に有効です。相続の放棄は借金を消滅させる手続きではないので、同順位の相続人がいない時は、次順位の相続人がこれを引き継ぎます。例えば、被相続人の子ども全員が相続の放棄をすると、被相続人の親が借金を引き継ぐことになります。相続の放棄をする際は、トラブルを避けるために次順位の相続人に連絡することも一案です。

2つ目の方法は、限定承認です。限定承認とは、プラスの財産の範囲内でマイナスの財産を清算し、プラスの財産が残っている場合はそれを引き継ぐという手続きです。プラスの財産の範囲を超えてマイナスの財産を引き継ぐことはないので、亡くなった方の財産状況が不明である時や、引き継ぎたい特定の財産(例えば自宅)がある場合は、限定承認の利用を検討することをおすすめします。ただし、限定承認は、相続の放棄をしなかった相続人全員で行う必要があること、また、債権者への公告・催告や財産の換価・弁済など手続きが複雑で時間がかかることに注意が必要です。

相続の放棄と限定承認は、被相続人が亡くなり、自身のために相続が開始されたことを知った時から3ヶ月以内に行わなければなりません。

3ヶ月経過後に借金が発覚した場合の判例は、①期間経過の理由が被相続人に相続財産が全くないと信じたからであり、②そのように信じたことに相当の理由がある時に、例外的に相続の放棄・限定承認を認めています。もっとも、この例外的なケースに該当するかの判断は非常に難しいので、専門家への相談がおすすめです。

Q.飼い犬が配達員にかみついて
けがを負わせた場合の対処法は?

A.保健所など所定の機関に届け出、速やかに狂犬病の検査を。

毎年、飼い犬が配達員にかみつく事故(咬傷事故)は多数発生しています。咬傷事故は被害者にけがを負わせるにとどまらず、狂犬病のリスクもあるため、飼い主は十分な注意が必要です。

犬の飼い主は、行政機関への飼い犬の登録申請や年一回の狂犬病予防注射が義務付けられています。咬傷事故が発生した場合には、保健所や動物愛護相談センターなど所定の機関に届け出の上、飼い犬が狂犬病に罹患していないか検診を受けさせ、診断書を提出しなければなりません。検診の結果については不安を感じている被害者にも連絡することが望ましいです。

咬傷事故が発生した場合、飼い主は民事上の損害賠償責任を負うことがあります。民法では、動物の飼い主が、その動物によって他人に与えた損害を賠償しなければならないことを定めています。被害者に生じる損害は、医療費、休業損害、慰謝料、後遺障害による逸失利益などが考えられます。過去の咬傷事故の裁判では、軽微な傷害の場合は数万円程度、後遺障害など重度のけがが残る場合には数百万円、さらには一千万円を超える高額な賠償も認められています。

一方で、飼い主が「相当の注意」をもって飼い犬を管理していたと立証できた場合には飼い主はその責任を免れることができます。ただし、この「相当の注意」の立証は非常にハードルが高く、容易に認められません。さらに咬傷事故では、飼い主は民事上の責任のみならず、重過失致傷罪などの刑事責任を問われることもあります。事故の予防と、事故が起こった時飼い主の負担を軽減するためにも、普段からリードや柵、警告表示などの安全対策を徹底する、万一に備えてペット保険への加入を検討するといった備えは非常に重要です。

※2025年9月16日現在の記事です。詳細はお問い合わせください。

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