代替わりした時に「味が落ちた」とお客様に言われました。父は旦那仕事しかやらなかったので、そんなはずないのに。感情が味覚に与える大きさに驚いたと同時に悔しさも感じて、「認められよう」と強く思いました。ただ、あんこ作りはとてつもなく難しい。自分なりの合格点に達したものを売っているけれど、100%完璧と思えるものは一生できないんじゃないかな。
合格点には達していても、
百点満点のお菓子は、
一生追い求めると思います。
歌舞伎役者も贔屓にする銀座の老舗和菓子店「銀座萬年堂本店」。
その歴史は江戸時代初期の元和3年(1617年)にまで遡る。十三代当主 樋口喜之さんのお話には、
家業への愛と情熱、伝統を受け継ぐことへのプライドと苦悩がつまっていた。
Text_YUKI KATORI.
Photographs_HISHO HAMAGAMI.
PROFILE
樋口喜之(ひぐちよしゆき)
1968年東京都出身。元和3年(1617)創業の和菓子店「銀座萬年堂本店」十三代当主。幼少より工場に出入りして菓子づくりに親しむも、成長とともに興味は移ろい、大学卒業後はアパレル業界に就職。数年のサラリーマン生活を経て、あらためて家業の素晴らしさを実感して1996年に銀座萬年堂本店に入社。2000年に父が鬼籍に入り、跡を継いで当主となる。
江戸から令和、そして、
未来へとつなぐバトン
銀座萬年堂本店の歴史は約400年前の京都で始まった。時代が江戸から明治に変わると、遷都に伴い東京に移転。その後、関東大震災や東京大空襲による焼失など、幾多の困難を乗り越えながら、13人の当主がバトンをつないできた。
「400年続いた秘訣は、〝たまたま〟ですね(笑)。時代時代にいろいろあって、その度に先人たちがなんとか乗り超えてくれた。400年はその結果で、大事なのは次の400年をどうつなぐかです。過去は変えられませんけど、未来に対しては多少の責任があると思っているので」
そんな樋口さんだが、若い頃は和菓子屋に興味がなかったそうだ。
「社会に出て外から家業を見て初めて『オヤジ格好いいな』と思うようになりました。それでも10年くらいはサラリーマンを続けるつもりでいたのですが、海外旅行中にオヤジが倒れたと連絡があって、帰国して病院で面会した時に『俺が継ぐから安心して』と伝えていました。結局父の病気はすぐに治ったので、今思うと、跡を継がせるための壮大な罠だったんじゃないかと疑いましたよ(笑)。どちらにしても、その3年後に父は癌で他界してしまったので、継いだタイミングとしてはベストだったのかなと思っています」
伝統を守るために
変えることと変えないこと
未来に向けて樋口さんはどのようにバトンをつなぐのだろう。
「老舗の先輩方はよく、『伝統は革新の連続』とおっしゃっていて、数年前まで僕も真似して使っていたんです。だけど、革新っていう言葉にはスクラップ&ビルドみたいなイメージもあって、古いものを壊す必要ってあるのか?って、少し引っかかっていたんです。そんな時に比叡山延暦寺の『不滅の法灯』の話を耳にしてピンときたんです。不滅の法灯は1200年ずっと新しい油を注ぎ足して火を絶やさず灯し続けています。これは仏法を師から弟子へと絶やさず受け継ぎなさいという教えを表したものだそうです。『伝統』という言葉は、この『伝灯』という仏教用語からきているそうですよ。老舗の歴史もこの〝新しい油〟くらいの変化で良くて、古いものをなんでもスクラップする必要はないし、むしろ守るべきものは守る、それで良いんだって腑に落ちたんです」
樋口さんは2022年9月に喫茶併設の新店舗を現在の場所に移転オープンさせた。伝統の味を法灯とするなら、新店舗はそれを灯す〝新しい油〟の1つということだろう。
「うちのあんこは小豆の味と香りがしっかり感じられる強い味が特長で、抹茶やコーヒーの味にも負けずによく合います。そのあんこを使った『御目出糖(おめでとう)』は、元禄年間から伝わる看板商品です。蒸したてが最高に美味しいお菓子なので、その味を知っていただきたくて、喫茶ではセイロで温めたものを提供しています。観劇後などにお菓子を楽しみながらゆっくりしていただき、『銀座でいい時間が過ごせた』と思っていただける場所になれたら嬉しいです」
- 喫茶を併設した新店舗。お菓子の出来立ての美味しさが楽しめる。
- 銀座萬年堂本店の銘菓「御目出糖」。その名前から婚礼用の引出物、お祝い用としての人気も高い。1個286円~(税込)
喫茶で提供される「煉り立てあんわらび餅とお抹茶」1,980円(税込)
銀座萬年堂本店
住所:東京都中央区銀座7-13-21
電話番号:03-6264-2660