呼吸の自覚はとても重要といわれていて、呼吸を自覚することで感情や欲望に振り回され難くなります。私は呼吸をトリガーにして、行動や心の在り方、発する言葉などが、誰かの価値観に振り回されていないか、それが本当に自分にとって最良かを確認するようにしています。「忙しい」は心を亡くすと書きます。忙しい時ほど一息つくことを意識して、自身を見つめる時間にしてみてはいかがでしょうか。
息ができることがしあわせ。
忙しいときこそ、一息ついて、自分の呼吸を自覚する。
ITビジネス、投資の世界で誰もが羨むような成功を収めながら、
突然すべてを手放して仏道へ進んだ小野龍光さん。苦悩の時期を乗り越えてたどり着いた
静かな境地は、悩み多き現代を生きる私たちに、深い示唆を与えてくれる。
Text_YUKI KATORI.
Photographs_HISHO HAMAGAMI.
PROFILE

小野 龍光(おの りゅうこう)
1974年、北海道出身。東京大学大学院 生物科学修士課程修了後、株式会社シーエー・モバイル(現・株式会社CAM)を経て、ベンチャーキャピタル「インフィニティ・ベンチャーズ」を創業。ベンチャー投資を行いながら自らも起業家として活躍し、「ジモティー」や「グルーポン」「17LIVE」などを生み出す。2022年にすべての事業から手を引き、インド仏教の最高指導者である佐々井秀嶺上人のもとで得度を受ける。
絶望の果てにたどり着いた
ほとけの道
人生はままならない。IT業界の寵児として脚光を浴びた小野龍光さん(当時は小野裕史さん)でさえ、輝かしい栄光の影で実は深く大きな苦悩を抱えていたというのだから。
「誰かに『ありがとう』と言ってもらえるビジネスを目指していたはずなのに、いつしか数字を膨らませることに躍起になっている自分がいました。もちろん数字は大事なのですが、数字を追うことだけが目的になっていたんです。これと同じことが実は世界規模で起こっていて、資本主義の名のもとで人々はお金に振り回され、その結果として格差の拡大、心の病気の増加、自然破壊や紛争にまでつながっているんだと思うようになりました。そんな状況に絶望し始めて、自分の生き方に強い違和感も覚え始めました。それでも気持ちを抑え込み突き進んでいましたが、違和感を抑えきれなくなって、〝自分を消し去りたい〞と強く思うようになってしまったんです」
追い詰められた小野さんは2022年、地位も収入も捨てて無職となる。そして、友人とともにインドへの旅に出るのだが、そこでインド仏教最高指導者である佐々井秀嶺上人と出会うことになる。
「佐々井上人は1億5千万人のインド仏教徒のトップに立つ方なのですが、お風呂はなくトイレはバケツを使うようなお寺の小さな部屋に住んでいました。部屋の扉は常に開いていて、会いに来る人すべてを受け入れ、尽くし、全身全霊で向き合っていらっしゃる。ヒンドゥー教徒が大多数のインドで60年間ブレずに仏道を歩んだ結果の1億5千万人の頂点。かつての私のように目的を見失うこともなく、人々の人生に寄り添い続けてきたという事実を目にして、とてつもない衝撃を受けました」
人生のボーナスタイムに
残された使命
運よく佐々井上人との面会が叶い、その活動の後ろを追いかけている中で、「お前、ボウズになれよ」という、運命的な導きをいただく。
「2週間ほど逡巡しましたが、肩書きや数字から離れることに抵抗感は全く無かったので、得度することを決意しました。ただ、得度はしましたが、今の私は『お坊さん』の肩書は持っていませんので、布教活動をしているわけでもなく、本を読んだりお遍路をしたり、仏道に沿ってひたすらに学ぶ日々を過ごしている、何者でもないただの無職の人です。そして、縁あってお声をかけてくださった方の心の課題に、私の体験や知識が処方箋になって、少しでも心が軽くなる可能性があるのなら、一つのオプションとしていかがですか? という思いでお話しをさせていただいています。人は他者の命から生まれ、他者の命に生かされ、他者から与えられたものをシェアすることで心の喜びを得ます。実をいうと、私は得度前に命を捨てることも考えていたので、今は人生の〝ボーナスタイム〞だと思って生きています。これまでの50年間でいただいたものを、今後は少しでも巡らせていきたい。これが、今の私の使命、命の使い方だと思っています」
※得度とは、法名を授かり、仏教の教えを学び僧侶になるための最初の儀式・手続き
小野さんが開設するWEBサイト「龍光ポスト」。悩み事などを相談すると、小野さんが丁寧に答えてくれる。
精神科医の香山リカさんとの共著『捨てる生き方』(集英社新書)。
小野さんの普段の持ち物は至って質素。わずかこれだけの荷物で全国どこへでも行くそうだ。