アートは心を豊かにするだけでなく、人生をも豊かにしてくれる。ここ数年、アート業界は盛り上がりを見せている。家で過ごす時間・空間に彩りを与える大切な要素としてだけでなく、価値ある資産として保有したいと考える人も増えてきた。しかしまだまだ、「アートの楽しみ方が分からない」、「購入してみたいが敷居が高い」などと敬遠する人も少なくないのでは。そこで、アートにもっと親しんでいただくために、気軽に読めるアート業界のトレンドやニュースを連載形式でご紹介したい。ぜひご一読を。
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コロナ禍による美術館の財政難の一方で、好調なアート市場
Covid-19は美術館の財政にも大きな影響を及ぼしている。パンデミックの影響で数ヶ月にわたる休館が行われ、米国美術館連盟が今年6月に発表した調査によると、2020年3月以降、56%の美術館が一時帰休や一時解雇を実施したことが明らかになったという。
メトロポリタン美術館のような著名な美術館も例外ではなく、同美術館ではCovid-19による収入不足を補うために1.5億円相当の写真と版画を売却するなど、コレクションの一部を手放すことも行っている。*1
ところが、美術館の財政難が続く一方で2021年のアート市場は好調 *2であり、人気のあるアーティストの作品価格は高騰している。こういった状況の中で美術館が所蔵作品の多様化を図っていくために、アートの「共同保有」という新しいコレクションのかたちが資金不足の美術館を前進させる可能性があるとARTnewsが報じている。*3
美術館の間で行われる「共同保有」とは?
まず、実際に美術館が共同で作品の購入・保有を行った事例を見てみよう。
今年初め、アメリカの「ディア美術財団」と、そこから約2,700kmほど離れた「ヒューストン美術館」が、アメリカの現代アーティスト サム・ギリアムの巨大な彫刻作品 ≪Double Merge≫(1968年)を共同で購入した。
「ディア美術財団」の美術館である「ディア・ビーコン」で過去にこの作品を展示した際、観客たちの反応を見て、同館ディレクターのJessica Morganは、是非コレクションに加えたいと構想。しかしながら、ギリアムの作品は、ここ数年で数億円レベルにまで高騰し、予算の少ない美術館での購入は難しいものとなっていた。
その状況を打破するべく試みられたのが、共同での購入というかたちだ。≪Double Merge≫ は来年ヒューストンに巡回し、5年後には再びビーコンに戻ってくるという。
「ディア美術財団」と「ヒューストン美術館」が共同で購入した ≪Double Merge≫ / サム・ギリアム (1968) 画像出典:https://www.artnews.com/
こうした試みは、実は過去にも行われている。20世紀初頭より、考古学研究の成果物を共同で所有するという事例が見受けられ、近現代美術には最近になって適用されるようになってきているという。
特にここ10年では複数の事例が確認され、2013年には、ニューヨークの「メトロポリタン美術館」と「サンフランシスコ近代美術館」が、ウィリアム・ケントリッジのマルチメディア・インスタレーション≪The Refusal of Time≫(2012年)を共同で購入、2016年には「SFMOMA」と「ダラス美術館」がウォルター・デ・マリアの1986年の彫刻作品≪Large Rod Series≫を共同で購入している。
また、国際的なコラボレーションも行われている。最初の例は、ビル・ヴィオラが2001年に発表したビデオインスタレーション≪Five Angels for the Millennium≫を、ニューヨークの「ホイットニー美術館」、ロンドンの「テート」、パリの「ポンピドゥーセンター」の3館が2003年に共同購入したもので、当時「ホイットニー美術館」のディレクターだったMaxwell Andersonが主導した。
「ホイットニー美術館」、「テート」、「ポンピドゥーセンター」の3館が共同で購入した ≪Five Angels for the Millennium≫ / ビル・ヴィオラ (2001) 画像出典:https://www.artnews.com/
美術館が共同購入・保有を行うメリットとは?
型の作品は保管場所や展示スペース、管理の問題もある (写真はイメージ 画像出典:https://unsplash.com/)
美術館が共同購入を行うメリットは、低予算で高額な作品をコレクションする以外にもあるという。
サム・ギリアムの作品を共同購入したヒューストン美術館のディレクターGary Tinterowは「共同保有は素晴らしいことだと思います」と述べ、以下のような理由を挙げている。
「アートは山ほどありますが、私たちは皆、保管場所の不足に悩まされており、展示スペースも常に圧迫されています。」
取得するための資金をシェアできるだけではなく、保管・維持・管理にかかる費用とスペースもシェアすることによって、高額な作品や大がかりな作品もコレクションしやすくなるというのだ。
アート機関は、最も豊かで、最高で、多様で、刺激的な視覚体験を一般の人々に提供しなければなりません、それが私たちの仕事です。」
豊かな鑑賞体験を供給するための手段として、これまでに行われてきた、作品の「所有」、他館からの「貸借」に続き、作品を「共同保有」するという新たな選択肢が生まれたといえる。
また、もうひとつの大きなメリットとして、異なる地域のより多くの人々が同じ作品をコレクションとして見る機会に恵まれることも挙げられている。これは美術館側にも、鑑賞者の側にも嬉しい点だ。
共同購入・保有を阻む障壁とは?
(画像はイメージ 画像出典:https://www.artnews.com/)
しかしながら、このような共同保有の動きはまだメジャーなものではない。
その理由として、「ホイットニー美術館」のディレクターMaxwell Andersonは、「アートの世界につきものの”縄張り意識”が大きく影響している」と指摘している。購入に参加した単館の判断で、作品を自由に販売したり展示したりできないことは、美術館にとって不都合だという。
また、デジタルではない作品を何度も輸送すると、リスクが発生しやすいという物理的な問題や、保存・保管・貸出の申請の手続きのような事務的な問題、参加機関間での法的な問題などもあるという。 また、文化機関のアドバイザーである作家のAndrás Szántóは、共同購入が比較的少ないのは、美術館が作品を共同所有するような仕組みが出来ていないことが一因だと指摘する。作品の貸出や、展覧会の巡回については、実績を積み重ねて非常に確立された仕組みがある一方、作品を共同保有するというシステムはまだ新しく、新しい方法を試すことに慣れていない美術館では、実践が難しいのだという。
その一方、「予算だけでなく、作品を展示したり、保管したり、手入れをしたりする能力にも厳しい制限があるという多くの美術館の状況を考えると、共同購入・保有には”大きな利点”がある」と述べている。
美術館の間での作品の共同保有が秘めた可能性
オキーフの顔料コレクションの一部 画像出典:https://www.artnews.com/
自動車やオフィスのような高額のものから、洋服や家電のような身近なものまで、わたしたちの身の周りでは多くの資源のシェアリングが進んでいる。そうした中、少しずつではあるが、美術館の間でも作品を共同で保有する動きが進んでいるようだ。
まだ一般的とはいえないものの、ここ10年ほどで美術館間での共同保有の事例が複数みられ、また「作品」に限らず、例えば、ジョージア・オキーフが使用した顔料のような貴重な資料も共同保有され、研究に役立てられた事例も見られている。
今後、こういった共同保有のかたちが美術界でより広く普及するかどうかは、まだ定かではない。また、近年のNFTブームや、没入型展覧会の人気の高まり *4は、美術館の作品への投資や、コレクションの構築についての今までの考え方に変化をもたらすかもしれないと、Maxwell Andersonは述べている。
「共同保有」はまだ新しい概念であるために、その仕組みが確立され、美術館で一般的に行われるようになるまでには長い時間がかかるかもしれない。それでも、より豊かな鑑賞体験を得られる仕組みとして、共同保有は大きな可能性を秘めているといえそうだ。
美術館でも行われ始めた「共同保有」という新しいアートコレクションのかたち。ANDARTでは個人で1万円からバンクシー、アンディ・ウォーホルといった著名な作品を共同保有することができます。大好きなアーティストの作品を多くの仲間とシェアする、新しいコレクションのかたちを試してみませんか?
文:ANDART編集部
参考:
*1 The Met Museum Is Deaccessioning $1 Million Worth of Photos and Prints to Fill a Revenue Shortfall Caused by the Pandemic (artnet news)
*2 High Net Worth Millennial Women Are Powering a Gallery Recovery and 7 Other Takeaways From Art Basel’s Latest Market Report (artnet news)
*3 Why Joint Acquisitions May Be the Way Forward for Cash-Strapped Museums(ARTnews)
*4 Sick of Immersive Van Gogh Already? Three Separate Companies Are Launching Competing Immersive Monet Experiences (artnet news)
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