開業当初は何から何まで一人で切り盛りしていたので、時間的にも気持ち的にも余裕がなくなることがありました。けれど、今は隣に妻がいてくれるのが心強い。僕にはないアイデアを持っていて、可能性が広がった気がします。最近はSNSで出店場所を見て、わざわざ足を運んでくださるお客さまも増えました。本当にありがたいと思っています。
キッチンカーを囲んですしとお酒を楽しむ。
そんな江戸前ずし本来の手軽で気軽な雰囲気を
体験できる場所が提供できれば良いですね。
本格的な江戸前ずしが楽しめるキッチンカーが注目を集めている。
大将の小林 魁さんは弱冠26歳。屋台で立ち食いという江戸前ずし
の原点ともいえるスタイルで、令和のすし屋のさきがけを目指す。
Text_YUMI KONDO.
Photographs_HISHO HAMAGAMI.
PROFILE
小林 魁(こばやしかい)
静岡県のわさび農家に生まれる。高校卒業後、すし職人養成学校「東京すしアカデミー」へ進む。その後、静岡、銀座、北海道、イタリア、麻布十番などで研鑽を積み、2024年キッチンカー「鮨さきがけ」の営業を開始し、首都圏のほか京都、静岡、富山、群馬ですしを握る。オフィスや一般家庭への出張すし、マグロ解体ショーなどの依頼も受けている。
こだわった25歳までの独立
貪欲に腕を磨いた修行時代
江戸時代後期に生まれた江戸前ずし。当時のスタイルは屋台の立ち食い。目の前で職人が握りそれをすぐに食べられると、気の短い江戸っ子に大人気だったそうだ。今では身近な回転系から、世界中から客が集まる高級店まで揃い、まさに国民食となったすし。そんなすしの世界に原点とも言えるスタイルで勝負に出た若い職人がいる。小林 魁さんだ。
「どんな仕事でも25歳で独り立ちする。それができないなら、向いていないということ。その道で一人前にはなれないと思っていました」
小林さんがすし職人を志したきっかけは、高校時代にアルバイトをしたすし屋での大将との出会いだという。
「職人然とした方で、仕事ぶりとか所作がとにかくかっこ良くて、『これだっ！』って思ったんです。それで高校卒業後は迷わず『東京すしアカデミー』に進みました」
その後、銀座や麻布十番のすし店、外資系ホテル、豪華客船、イタリアでも修行を積み、貪欲にすしを学び腕を磨いた。そして、昨年25歳での独立を叶えた。
「江戸前ずしの原点である屋台を現代風に再現したいなと考えました。江戸前ずしのキッチンカーはかなり珍しいので、店名は『さきがけ』です」
手仕事とSNSを両輪に
新たなすし職人像を示す
取材が開業からちょうど１年の１月だったので、この1年を振り返っての感想を聞いてみた。
「正直、キッチンカーは狭くてすしには向いてませんね（笑）。でも、江戸前ずしの歴史とかストーリーは大事にしたいので、お客さまの前で一貫ずつ握るスタイルは貫いています」
主な集客方法はＳＮＳでの情報発信。開業前の波乱の日々を紹介したYouTubeチャンネル「◯日後にキッチンカーで鮨屋を始めるはげ」は、総再生数が130万回を超え、開業前から注目を集めることに成功した。
「まだまだ広告にお金をかけられないので、とにかく工夫しています。今はインスタグラムで日々の出店場所などを配信しています」
そのインスタグラムもフォロワー数1.6万人と、デジタルネイティブ世代ならではの成果を上げている。
「こだわりは、毎日でも毎週でも食べたくなる味、値段のすしを提供すること。豊洲では仲買人さんとの会話をヒントにその日のネタを決めています。良いものがあれば、珍しいネタも仕入れます」
良いネタを揃える目利きは、修業時代の多彩とも言える経験の賜物だろう。取材中、「今日は白身何がある？」「今日は八角のいいのが入っています。それから、ヒラメ、春子鯛……」といった客とのやり取りがあった。日本酒と合わせておまかせの握りをカウンターで楽しむ客の姿もあった。まさに、時代を超えた江戸前ずしの魅力を感じさせる風景だ。
「夢はキッチンカーでの日本一周です。各地の漁港で水揚げされた魚介を握りたいですね。車を止められる場所があれば、どこでも握ります」
そんな軽やかな姿勢とバランス感覚こそ、令和の時代に求められる職人像なのかもしれない。
キッチンカーのデザインは、海外でも活躍する舞書家CHADO.さんの手によるもの
おまかせさきがけ握り十貫3,500円（税込）。一貫からのオーダーも可能とのこと
昨年12月に結婚し、現在は奥様の彩さんと二人三脚で営業している。
出店先など営業状況はInstagramで確認を
