TOP MAGAZINE特集 名古屋をどりを動かす人たち

名古屋をどり
を動かす人たち

一夜の舞台は、関係性によってつくられる。約80年の歴史を持つ「名古屋をどり」。
その舞台は、踊り手だけでなく、演出や音楽、地域との連携など、多くの人の力によって支えられている。
2022年にスタートした「名古屋をどりNEO」は、音楽や映像、地域カルチャーなど、
多様な人や文化が交わる〝開かれた場〞 として、新たな挑戦を続けている。
多くの人たちが関わるその舞台では、それぞれの視点や熱量が交わり、新たな文化が育まれている。
名古屋をどりNEOを通して見えてくる、人と文化のつながりを追った。

Text_Laap. Photographs_NAOMI MATSUI.

伝統を〝開く〞という挑戦

名古屋をどりは「人が交わる場」だ

名古屋を代表する伝統芸能「名古屋をどり」の舵を取る西川流四世家元・西川千雅氏。家元という立場でありながら、彼が常に意識しているのは、単に型を守ることではなく「ここをいかに多様な人が交わる場にするか」という挑戦だ。
異業種や地域を巻き込み、変化を恐れず進化を続ける西川氏に、名古屋をどりが目指す真の姿と、その根底にある信念を聞いた。

伝統芸能「名古屋をどり」

西川氏は「挑戦は特別なことではなく日常」だと話す。〝60%主義〞を掲げ、「半分を超えれば上出来」と笑う姿勢が、人を巻き込みながら新しい表現を生み出している。

話を聞いたのはこの人

西川流四世家元 西川 千雅(にしかわ かずまさ)
西川流四世家元 西川千雅(にしかわかずまさ)さん

1969年三世家元・西川右近の長男として名古屋に生まれ、6歳で初舞台、15歳で名取となる。2014年より西川流四世家元を継承。にっぽんど真ん中祭り、愛知県観光PR団体「あいち戦国姫隊」、名古屋市事業「やっとかめ文化祭」などもプロデュース。日本舞踊をつかった健康体操NOSS(ノス)の普及を行い、2019年藤田医科大学・医療科学科修士取得。名古屋外国語大学客員教授。愛知淑徳大学非常勤講師。

人と交わることで
自分の役割が見えてきた

「名古屋をどりとは、お客さまのために生まれた奇跡の公演だと思っています」

そう語る西川氏は、自らを〝主役〞ではなく、〝場を開く人〞として捉えている。
「僕は〝まとめる〞タイプではないんです。むしろ、いろいろな人が力を出し合える〝場〞をつくりたい。みんながワクワクしながら関われる状態をつくることが、自分の役割だと思っています」

西川氏が何度も口にしたのは、「人が人をつなぐ」という言葉だった。
もともと自身は、家元の息子という立場に違和感を抱え、どこか社会と距離を感じながら育ったという。転機となったのは、30代前後から関わってきた地域の祭りや街づくり活動だった。

名古屋という街の中で、多様な人と交わることで、自分の役割が少しずつ見えてきた。
「みんな、〝何か面白いことをやろう〞としていたんです。人と人がつながることで、新しいものが生まれていく面白さを知りました」

伝統芸能「名古屋をどり」

「名古屋ナモ締め」に使われる拍子木。名古屋をどりが大切にしてきた、人と人とのつながりを象徴する存在だ。

創造なくして伝承なし、
伝承なくして創造なし

その感覚は、現在の名古屋をどりNEOにも色濃く反映されている。

舞踊家だけではなく、照明家、音楽家、映像作家、マーケット出店者――。立場の異なる人々が、それぞれの視点を持ち寄りながら名古屋をどりを支えている。そうした人々をつなぐ西川氏は、「誰かを自分の色に染めたいわけではない」と話す。
「その人にしかない魅力があるんです。だから、〝こうしろ〞ではなく、〝こっちも面白いかも〞と、自然に誘導していくイメージですね」

近年の名古屋をどりNEOでは、ジャンルを越えたゲストとの共演も増えた。異なる背景を持つ人が交わることで、これまでになかった表現が生まれていく。

「ゼロから新しいものは生まれないと思っています。人が出会い、古いものを知り、受け取り、少し形を変えながら、新しいものになっていく。〝創造なくして伝承なし、伝承なして創造なし〞です」

戦後間もない焼け野原で始まった名古屋をどりは、「誰が見ても楽しめる舞台」を目指し、時代ごとに変化を重ねてきた。
「守るだけでは残らない。さまざまな人が関わり、時代に合わせて変化していくから、続いていくんです」

新しいものが生まれる
名古屋という〝狭間〞の街で

西川氏は、名古屋という土地柄にもそうした〝変化を受け入れる土壌〞があると感じている。
「東京ほど開かれているわけでもなく、田舎ほど閉じてもいない。名古屋って、いろいろな文化が交わる〝狭間〞の街なんです。だから、新しいものが生まれやすい」

実際、名古屋をどりNEOでは、舞台にとどまらず、マーケット企画や地域連携イベント、文化体験など、公演の外側にも人の流れが生まれている。西川氏自身も「理想はフェスのような状態」だと語る。
「たまたま来た人が、〝なんか面白そう〞と舞台をのぞく。食べ物でも、音楽でも、街歩きでもいい。入り口は何でもいいんです」

その根底にあるのは、〝文化を閉じたものにしない〞という思いだ。
「伝統文化って、入り口がないと触れられない。でも、一回でも面白いと思ったら、人はまた戻ってきてくれます」

だからこそ、若い世代や地域外の人を巻き込むことも重視している。大学での講義、地域イベント、異業種とのコラボレーション。「家元」という枠を越え、人と人をつなぐ〝媒介〞として動き続けているのだ。

  • 受付や案内の担当

    出演者たちも受付や案内を担当し、公演を支えている。

  • 出店者や来場者と交流

    公演当日は家元自ら会場内外を走り回り、出店者や来場者と積極的に交流。

100年先を見据えるより
〝今この瞬間〞を面白がる

一方で、西川氏は「100年後に残したい」といった発想には、あまり執着していないという。
「未来に残そうとして頑張るより、〝今この瞬間が面白い〞と思えることの方が大事なんです」

名古屋をどりNEOは、完成された〝作品〞というより、今この時を生きる人たちが交わりながらつくり続けている〝場〞なのかもしれない。
「結局、人が集まって、〝なんか楽しかったね〞って言って帰る。それが一番いいんですよ」

伝統芸能でありながら、街へ開かれた文化の交差点でもある名古屋をどりNEO。その中心で西川氏は、人と人、人と文化をつなぐ媒介者として、この場を開き続けている。

西川流の歴史

約300年前に江戸で宗家西川流が誕生し、1841年に別派として名古屋西川流が始まった。歌舞伎とも深く関わりながら、日本舞踊五大流派の一つの潮流として発展。戦後には「名古屋をどり」を立ち上げ、伝統芸能でありながら広く市民に親しまれる舞台づくりに取り組んできた。現在も、〝観客に開かれた舞台〞を追求し続けている。

西川流の歴史

歴代の写真の前にて。名古屋をどりNEOの挑戦は、突然生まれたものではない。西川流が受け継いできた〝変化する伝統〞の延長線上にある。

伝統を動かすのは、人との関わりだった

名古屋をどりを支える4つの視点

名古屋をどりNEOは、単なる舞台公演ではない。
挑戦を続ける家元、その思いに応えようとする演出家や演奏者、地域に根差した人々――。
多くの人の熱意と信頼関係が積み重なって生まれる、名古屋らしい文化のかたちがそこにある。

【演出】

古川 博

古川 博

ナゴヤ座番頭・舞台照明家。舞台照明・デザイン業務を主とする株式会社ホタルギグ代表取締役。2016年、円頓寺商店街にカブキカフェ「ナゴヤ座」を立ち上げ、商店街の活性化にも貢献している。

光で舞台を支える

名古屋をどりNEOで照明を担当する古川 博氏は、自身の役割を「演出家の頭の中を光で具現化すること」だと語る。
「僕は、日本舞踊の伝統や歴史を知らない状態で入ったんです。先入観がなかったからこそ、演出家がやりたいことを感じ取りながら、僕ができることを提案しています」

演出家から生まれるアイデアを、照明を通して観客へ届けていく。そして、舞台づくりで最も大切なのは「コミュニケーション」だと言葉を続けた。
「人を理解しないと舞台はできない。演出家や演者が何を表現したいのかを理解して、それを光で支える。それが僕の役割です」

音響、映像、大道具など各セクションが、思いを共有しながら一つの舞台をつくり上げていく。
「言葉にしなくても、〝ここに持っていきたいんだな〞って分かるんです。ジャズのセッションみたいな感覚ですね」

そのセッションを成り立たせているのは、互いへの信頼と、各自が限界を超えようとする意志だ。
「家元自身が、常に挑戦しています。だから僕もどんな状況にも対応できるように、引き出しの数を増やしていきたいと思っています」

毎回、前回を超えようとそれぞれの専門性を持つ人たちが力を持ち寄る。その相乗効果が、名古屋をどりNEOならではの舞台を生み出している。

日本舞踊、映像、音楽、異なる表現が交わるNEOの舞台

日本舞踊、映像、音楽――異なる表現が交わるNEOの舞台。その空気感を、照明が一つにつないでいく。

【伝統】

住田長三郎

住田長三郎

15歳で上京し、住田流家元三世・住田長三郎に師事。歌舞伎の囃子方として活躍後、名古屋の舞踊公演に数多く出演。2000年、住田流家元四世・住田長三郎を襲名。現在も重鎮として伝統芸能の継承と発展に尽力。

受け継ぐとは、変化を許すこと

50年以上にわたり名古屋をどりに関わってきた囃子方・住田長三郎氏は、西川流について「昔から斬新なことを恐れない流派だった」と振り返る。

家元の祖父にあたる、二世家元・西川鯉三郎も新作舞踊を数多く手がけ、当時としては珍しい演出や表現を積極的に採り入れていたという。だから、名古屋をどりNEOにも違和感を抱くことはなかった。

一方で、自身の役割については「古典を支える側」だと語る。洋楽や現代的な演出が加わる中でも、鳴り物では鼓や太鼓、笛といった伝統の音を大切にし、〝本来の日本舞踊らしさ〞を舞台の中に残していく。
「新しい演出が入っても、古典の音があることで、舞台全体がちゃんと日本舞踊として成り立つんです。変わることを恐れていたら、今の名古屋をどりはなかった。受け継ぐとは、変化を許すこと。新しい挑戦ができるのも、古典を支える人たちがいるからこそだと思います」

現場には、立場を超えて意見を出し合える空気があるという。名古屋をどりが長く続いてきた背景には、「変化を受け入れる柔軟さと、揺るがない土台の両方がある」と住田氏は感じている。

15歳でこの世界に入り、名古屋をどりとともに歩んできた住田氏に「名古屋をどりとは?」と尋ねると、少し笑ってこう答えた。
「私の人生そのものですね」

第76回名古屋をどりCLASSIC「綱館(つなやかた)」

囃子方が舞台を支える。第76回名古屋をどりCLASSIC「綱館(つなやかた)」より(2024年3月、御園座)。

【接点】

山本雄平

山本雄平

スタイリスト・ディレクター・プロデューサー。株式会社MAISONETTE代表取締役。大学在学中に世界10数ヶ国を巡り様々な文化に触れる。日常に新しい風景を作るマルシェやイベントの企画・運営を行っている。

場を開くことで、人は集まる

「家元は、〝面白そうな人〞を自然につないでいくのが得意なんです」

そう話すのは、名古屋で飲食・デザイン・カルチャーを横断し、マルシェやイベントの企画に携わっている山本雄平氏だ。これまでも「物事との出会いや入り口」を大切にしてきた山本氏は、「伝統文化に触れるきっかけになれば」と古着店や飲食店、アーティストなど、名古屋をどりとは異なる文脈の出店者を集めた。
「100人全員に興味を持ってもらうのは難しい。でも、〝来年は舞台も見てみようかな〞と思う人が増えたら意味がある」

山本氏が重視したのは〝居心地のよい入り口〞をつくることだった。若い世代に新鮮に映り、従来の観客に違和感を与えない。そのバランスを意識し、空気感を整えた。
「新旧が馴染むように、〝能動的に楽しめる空気を編集すること〞を意識しました」

舞台を核に、これまで交わることのなかった人や店、カルチャーが出会う。そこには〝日常の延長に新しい風景をつくる〞という山本氏の姿勢が表れている。
「伝統は、ある日突然できあがるものではない。時代に合わせて形が変わっていく。その積み重ねが文化になるんだと思います」

伝統芸能とマーケット。異なるものをつなぎ、山本氏は新たな地域文化への〝入り口〞を生み出している。

山本氏が企画する「揺蕩(たゆたう)マーケット」

山本氏が企画する「揺蕩(たゆたう)マーケット」が、2025年「名古屋をどり」の会場に初登場。出演者が衣装のまま訪れることも。

【地域】

田尾大介

田尾大介

株式会社ツーリズムデザイナーズ 代表取締役。名古屋を中心に訪日外国人客向けツアーを企画・販売。円頓寺商店街で「喫茶、食堂、民宿。なごのや」を運営。2018年より同商店街の理事長を務める。

外とのつながりが文化となる

円頓寺商店街でインバウンド事業や地域活性化に取り組む田尾大介氏は、名古屋をどりを地域へ開く役割を担っている。家元との交流をきっかけに、公演のPRや企画協力、街との連携など、さまざまな形で関わってきた。

田尾氏は、名古屋をどりを「地域を代表する文化資産」だと捉えている。田尾氏が力を入れているのは、その広がりを舞台の中だけで終わらせないことだ。出演者でもある芸妓の稽古場見学や伝統文化体験ツアーなどを企画し、「観る」だけで終わらない動線づくりを進めている。
「芸妓の稽古場を見学してもらうと、みなさん一様に驚くんです。〝こんな文化が名古屋にあったのか〞と。だから、まず〝見える場所〞に出していくことが大事だと思っています」

そんな田尾氏が名古屋という街に感じているのは、〝暮らしの中に文化が息づいている面白さ〞だ。
「名古屋は都会の便利さがありながら、人の営みとして文化がちゃんと残っている街です」

田尾氏が企画するツアーには欧米を中心とした海外客が多く、伝統文化に価値を見出す層が着実に増えているという。
「名古屋をどりという伝統芸能があるからこそ、人と文化が出会う機会が生まれる。その広がりをもっと定着させ、育てていくことこそが、自分の本業でできることだと思っています」

名古屋の芸者協会(名芸連)の稽古場見学

ツーリズムデザイナーズでは、名古屋の芸者協会(名芸連)の稽古場見学を実施。名古屋をどりの出演者と来場者をつなぐ〝文化の入り口〞づくりにも取り組んでいる。

NAGOYA ODORI NEO 傾奇者 第79回 名古屋をどり

日時: 2026年10月24日(土)、25日(日)
昼の部 11:00~14:00、夜の部 17:00~20:00
会場: 岡谷鋼機名古屋公会堂(大ホール)
料金: SS席11,000円、S席8,800円、A席5,500円
特別出演 高橋大輔 ほか
問合せ: 西川流家元事務所/052-831-7106

※2026年7月7日現在の記事です。詳細はお問い合わせください。

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